047 実例で見る「海外事業」
1. 国内生産・販売が頭打ちという現実
前回は、JETROの投資関連コスト比較調査から、ワーカー、エンジニア、中間管理職の月額賃金の変化を取り上げました。
2004年のデータと比較すると、各国が賃金水準を上げる中で、日本はワーカーの賃金は高い水準を保つものの、エンジニア、中間管理職は賃金が下がり、順位も大きく下げていることが分かりました。
なぜ賃金が上がるどころか、下がってしまっているのでしょうか。
良く言われるのが、デフレでモノが売れなくなるため、企業業績が悪化し、経費を削減する必要が高まった結果、人件費を抑制している、という循環です。
人件費を抑制した結果、消費が減退し、さらにデフレが進む、というデフレスパイラルですね。
それでは、そもそも何故こんなにも物価停滞が進んでしまったのでしょうか。
私は主な要因の1つとして、日本型グローバリズムの進展があるのではないかと思います。
ヒト、モノ、カネ、技術が国境を超えるグローバリズムの世界にあって、日本だけが流出ばかりで流入の極めて少ない日本型グローバリズムと言える状況です。
参考記事: 「日本型グローバリズム」
グローバリズムを考える中で、従来の貿易(輸出や輸入)も一つの側面ですが、より強力な存在が多国籍企業(グローバル企業)ですね。
今回は日本企業が、多国籍企業化していく事の影響を考えてみたいと思います。
今回は具体例としてあるグローバル企業の決算報告資料を参考に、グローバル化の過程と影響を見ていきます。

図1 X社の生産台数
(決算報告資料より)
図1にこの企業(便宜上X社と呼びます)の生産台数の推移を示します。
2003年から2019年までの国内生産と海外生産を示しています。
2008年までは徐々に国内生産も海外生産も伸びていますが、リーマンショックを機に国内生産は減少→横這いになっています。
海外生産は、一度落ち込んだ後は大きく伸びて横ばいです。
2003年からの変化量としては、国内生産は4162→4309とほぼ変化がありません。
海外生産は1688→4676と3倍近くに増えています。
2013年には国内生産と海外生産の数量が逆転し、その後は海外生産の方が多い状況が続いています。
また、国内の販売台数は横ばいが続きます。
国内販売が伸びないので、国内生産も増やしていないとも言えます。
この企業のビジネスは次の3通りがあるわけですね。
①国内生産→国内販売
②国内生産→海外販売(輸出)
③海外生産→海外販売(海外展開)
海外生産→国内販売(逆輸入)も一部あると思いますが、割合としては微小だと思います。
2. 海外生産を伸ばす生き残り戦略

図2 X社 所在地別売上高
(決算報告資料より)
図2は所在地別の連結売上高です。
その他は主に中国を含むアジアと、それ以外の地域です。
消去はグループ内取引分で連結としては消去される分となります。
リーマンショックの起こった2009年から、業績が回復する2013年の間は別として、
徐々に全体として売上高が増加している状況ですね。
日本に続いて、北米、その他の存在感が高いです。

図3 X社 所在地別 営業利益
(決算報告資料より)
図3は本業の儲けを示す営業利益の推移です。
売上高と異なり、近年では日本の割合が圧倒的となっています。
北米に代わり、アジアを含むその他の地域の存在感が高まっていますね。
3. 利益を増大させ配当金に回す仕組み

図4 X社 当期純利益・法人税・配当金
(決算報告資料より)
図4は税引き後当期純利益と、法人税等、配当金の推移となります。
当期純利益はリーマンショック後2013年までの期間を除けば、高い水準を維持しています。
法人税等は、当期純利益の水準の割には、あまり増えておらずむしろ減少しています。
2016年から法人税率が引き下げられた影響もあると思いますが、それ以外にも理由はありそうです。(後述)
配当金は大きく増えていますね。
2003年の時点からすると直近では約9倍にまで増えています。
4. 大手製造業の海外進出の影響とは?
さて、ここで日本企業の多国籍企業化(グローバル化)の影響を改めて考えてみたいと思います。
① 生産拠点が海外に移転するため国内の生産数が増えない(又は減少する)
② サプライヤーでも以下のような変化が進む
・サプライヤーの海外展開(産業の空洞化)
・グローバル調達による海外企業への転注(国内需要の減少)
・グローバル調達による値下げ圧力の強まり(国内ビジネスの価格相場崩壊)
③ 海外展開先では主として現地の労働者を雇用するため、日本人の雇用が増えるわけではない
④ グローバル化によって企業の利益は増えるが、法人税が増えるわけではない
⑤ グローバル投資家の影響が大きくなり、必ずしも国益に適わない短期的な事業展開を余儀なくされる
当然外国企業が日本にグローバル展開してくれば、上記と逆のことが起こるのですが、本ブログでも触れてきた通り、外資系企業の日本展開は非常に少なく、日本企業の海外展開ばかりが一方的に進んでいる状況(流出過多)です。
他の先進国では、グローバルビジネスの流入、流出は双方向的で、一方的な流出過多となっているのは日本だけです。(日本型グローバリズム)
また、せめてグローバル企業が利益を上げれば、それが税収として国益になるのではないか、という指摘もあると思います。
次回詳細を分析したいと思いますが、実際には受け取り配当金の益金不算入、外国税額控除という制度によって、海外事業所での利益はほとんど日本での税収にも寄与しません。
図4からも、利益が増えても法人税が増えていないのは明らかです。
税収=国益とみるならば、そもそもの水準が低い法人税を上げようとするよりも、労働者の雇用者数と給与が増える方がよっぽど税収が上がります。
参考記事: 日本の「税収」は多いのか?
したがって、「〇〇会社が過去最高の売上高・利益」などと報道されても、当該企業の従業員・経営者や投資家以外の労働者としての一般国民からすればほとんど関係のない話と言えます。
特段海外事業を敬遠する必要はないと思いますが、海外事業ばかりに依拠した思考ばかりしていると、本来国民生活に必要な経済活動が阻害されてしまうのではないかと思うのです。
もちろん海外事業よる恩恵は非常に多いと思います。
グローバル企業が国際的に競争し、技術力や競争力を高めた結果が国内に展開されるモノやサービスに取り入れられるわけですし、何よりも逆輸入により購入する価格が安くなるものもありますから、消費者としては大きなプラスになると思います。
海外事業はこの先も進展するとしても、その恩恵が還流しないような大多数の日本国民の生活が豊かになる方法を考えなければいけませんね。
必要なのは、グローバル企業が国民経済を含めて日本からの分離・独立が進む中で、取り残された日本という国に住む国民にとって何が必要なビジネスなのかを、しっかりと意識する事ではないでしょうか。
大企業ほどグローバルな競争に巻き込まれます。
一方で中小企業は、事業内容を柔軟に変え、長期的視野に立った経営ができ、何よりも日本国内でのビジネスをする企業が大多数のはずです。
ドイツをはじめとして他の先進国は海外事業と国内経済をうまくバランスさせているようです。
他の国々はグローバル化が進みながらも、国民生活が豊かになっているわけですね。
平均給与の上昇、1人あたりGDPの上昇、物価の水準、どれをとっても世界の中で日本だけが異常な状況が続いています。
参考記事: 「実質成長・名目停滞」の日本
参考記事: 日本は「デフレ」なの?
私たち中小企業経営者が、しっかりとその事実を受け止めて、自分たちも含めた日本国民が豊かになるビジネスを考えていかなければいけませんね。
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