097 分配が増えない日本 - GDP分配面の1人あたり実質変化
GDP分配面について、労働者(家計)への分配となる賃金や、企業への営業余剰などが実質的にはどのように変化してきたのか、国際比較をしてみます。
目 次
1. GDP分配面の実質値とは
前回は、G7各国の支出面のGDPの各項目について、1人あたりの実質値の成長度合いを確認してみました。
各国ともそれぞれの特徴がありつつも、少しずつ1人あたりの支出が上昇していることが分かりました。
年率1%相当、この20年間で1.2~1.3倍程度が主要先進国としての標準的な成長度合いと言えそうです。
日本も実質で見れば他国ほどでないながらも成長しているようです。
今回は分配面についても見ていきたいと思います。
GDPの支出面や生産面では、それぞれの項目でデフレータが集計され、実質値が公開されています。
しかし、分配面の実質値は集計されていません。
分配面で各項目に1:1で対応するデフレータというものが存在しないためです。
例えばGDP分配面のうち賃金について考えてみると、賃金デフレータという指標は存在しません。
一方で、賃金は消費者である労働者の所得ですので、その所得で購入できるものの数量変化を推定するという形であれば計算が可能となります。
つまり、消費者物価指数などの物価指数で実質化する事により、その賃金で購入できるモノやサービスの数量的な変化を推定できるという考え方になります。
例えば厚生労働省の毎月勤労統計調査の実質賃金指数は消費者物価指数(持家の帰属家賃を除く総合)で実質化された指標です。
また、OECDの平均給与(Average annual wages)は、民間最終消費支出デフレータで実質化されています。
GDP分配面では、1:1で対応する物価指数が無いため、実質化の際の物価指数に選択肢ができることになります。
消費者物価指数、民間最終消費支出デフレータ、GDPデフレータが考えられますが、それぞれの物価指数で乖離もあるため、実質化された数値を見る際には注意が必要ですね。
今回は、GDP分配面について消費者物価指数(CPI)で除して実質化したいと思います。
2. GDP分配面の実質変化:アメリカ
まずはアメリカの実質変化から見ていきましょう。
図1 アメリカ GDP 分配面 1人あたり実質値
(OECD 統計データ より)
図1がアメリカの1人あたりの実質GDPです。
1997年を基準(1.0)とした倍率として表現しています。
青が労働者の賃金、赤が企業の営業余剰・混合所得、緑が雇主の社会負担、黄色が純間接税です。
稼ぎだされた付加価値のうち、賃金が労働者(家計)、営業余剰・混合所得が企業(一部は家計)、雇主の社会負担と純間接税が政府への分配だと思えばわかりやすいのではないでしょうか。
一般に賃金と雇主の社会負担を合わせて雇用者報酬となり、家計への分配とみなされます。
ただし、雇い主の社会負担の多くは、その後に政府へと再分配されますので、本質的には政府への分配と見た方が良さそうです。
アメリカの場合は、リーマンショック頃までは年率2%くらいの増加、その後は1%強程度の増加となっているようです。
注目したいのは、営業余剰・混合所得と賃金との関係ですね。
アメリカの場合は営業余剰・混合所得の方が賃金よりも高い水準で推移しているようですので、労働者よりも企業にやや優先して多く分配される傾向があるようです。
この20年程で賃金は1.2倍、営業余剰・混合所得は1.3倍強に成長しています。
それでもそれぞれの項目が足並みを揃えて上昇している様子が見て取れるのではないでしょうか。
3. GDP分配面の実質変化:イギリス
次はイギリスです。
図2 イギリス GDP 分配面 1人あたり実質値
(OECD 統計データ より)
図2がイギリスのグラフです。
このように見るとアメリカとはずいぶん様相が異なりますね。
まず目につくのが雇主の社会負担の増加が大きい事です。
ただし、2007年あたりからアップダウンを繰り返しつつ停滞しています。
営業余剰・混合所得よりも賃金の方がプラスになっている事も特徴的ですね。
企業よりも労働者に優先して分配していることになります。
賃金は近年ではGDPの増加とほぼ同じ増え方になっています。
営業余剰・混合所得は年率1%弱程度、賃金は年率1%強での成長率と言えそうです。
純間接税も雇主の社会負担もGDPよりも高い水準となっていますので、政府への分配を増大させている事も特徴的です。
この20年程での成長は、賃金が1.3倍、営業余剰・混合所得が1.2倍弱ですね。
4. GDP分配面の実質変化:カナダ
つづいてカナダのデータを見てみましょう。
図3 カナダ GDP 分配面 1人あたり実質値
(OECD 統計データ より)
図3がカナダのグラフです。
人口増加もGDPの成長率も主要先進国の中では相対的に高いカナダですが、1人あたりの実質に直しても高めの成長率になっています。
賃金、営業余剰・混合所得ともに1.5%くらいの成長水準と言えそうです。
純間接税の成長率がやや低く、その代わり雇主の社会負担の成長率が高めですね。
この20年程での成長は、賃金1.3倍、営業余剰・混合所得1.4倍弱です。
アメリカ、イギリス、カナダの3か国は人口増加も多く、GDP成長率の高い国々です。
総人口の増加率で除した実質値で見ても、各項目とも年率1%程度の成長をしてきたことになります。
5. GDP分配面の実質変化:フランス
次はフランスです。
図4 フランス GDP 分配面 1人あたり実質値
(OECD 統計データ より)
図4がフランスのグラフです。
アメリカやカナダに比べると、全体的に傾きが浅くなったように見えます。
それでも、各項目とも年率1%前後で足並みを揃えて成長しているようです。
営業余剰・混合所得よりも賃金の方がやや高い水準で増加しています。
雇主の社会負担がGDPの増加とほぼ同じで、純間接税の増加が少しゆるやかなので、相対的に政府への分配が減っているようです。
この20年ほどでの成長は、賃金1.3倍弱、営業余剰・混合所得1.2倍程度です。
6. GDP分配面の実質変化:ドイツ
続いてドイツのデータです。
図5 ドイツ GDP 分配面 1人あたり実質値
(OECD 統計データ より)
図5がドイツのグラフです。
リーマショックでの落ち込みは大きいようですが、その後の回復度合いはフランスよりも勢いがあるようですね。
傾きだけを見れば2009年以降は各項目とも年率2%くらいの成長率と言えそうです。
純間接税の増加が大きく、その分雇主の社会負担の増加具合が低く抑えられています。
2014年以降では賃金の増加の方が営業余剰・混合所得の増加度合いを上回っていますね。
この20年程での成長率では、賃金1.3倍、営業余剰・混合所得1.2倍程度です。
7. GDP分配面の実質変化:イタリア
次がイタリアです。
図6 イタリア GDP 分配面 1人あたり実質値
(OECD 統計データ より)
図6がイタリアのグラフです。
イタリアの場合は他の主要国と随分傾向が異なります。
2008年をピークに、減少、停滞している状況ですね。
純間接税はいったん大きく増えていますが、その分雇主の社会負担はマイナスとなっていてある程度相殺されている状況です。
2011年以降はいずれも減少傾向となり、営業余剰・混合所得がマイナスになっていますが、賃金はプラスをキープしています。
20年程の変化としては、賃金1.1倍強、営業余剰・混合所得が1.0倍弱です。
イタリアは1人あたりの実質値で見ると、より苦しい状況が見えてきます。
8. GDP分配面の実質変化:日本
最後に日本のデータを確認してみましょう。
図7 日本 GDP 分配面 1人あたり実質値
(OECD 統計データ より)
図7が日本のグラフです。
今までの主要先進国とは傾向が大きく異なります。
まず賃金がいきなりマイナス成長です。
近年ではやや上昇傾向ですが、1997年からするとマイナスの水準が続いています。
営業余剰・混合所得は2007年頃まで1%弱の成長を続けましたが2009年以降はマイナス~ゼロ成長です。
純間接税と雇主の社会負担はプラス成長です。
営業余剰・混合所得と賃金の関係では、常に賃金が下回っている状況です。
労働者への分配が減り、企業への分配が維持され、政府への分配が増えている状況が窺えます。
9. GDP分配面の実質変化の特徴
今回は、GDPの分配面について、消費者物価指数で実質化した数値の変化具合を国際比較してみました。
他の主要先進国では、家計、企業、政府への分配が概ね足並みをそろえて増えているような変化のように見えます。
一方で、日本は全体的に停滞しているばかりでなく、政府への分配が増えながらも、労働者(家計)への分配が目減りしているという特徴があるようです。
労働者への分配が減れば、当然、労働者≒消費者ですから、GDP支出面の大部分を占める家計最終消費支出や住宅投資は増えませんね。
このようなアンバランスな付加価値の分配も、日本経済低迷が続いてきた要因の1つなのかもしれません。
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