278 ドル換算8つの表現方法 - 国際比較のポイント

1. 日本の1人あたりGDP

前回は品目別の貿易について眺めてみました。
日本は、自動車など製品の輸出が多く、原材料などの輸入が多いという事が確認できたと思います。

今回は、経済指標の国際比較をする際のドル換算値について改めて確認したいと思います。
OECDの統計データを見ていた気づいたのですが、ある経済指標のドル換算の方法には8パターン存在する事になります。

データベースから指標を選択するときにとても煩わしいのですが、しっかりと自分の見たい方法を意識して選択する必要がありそうです。
GDP、平均給与、労働生産性などが、データによって様々な換算方法により公表されています。
今回はこの8パターンの表現方法について改めて整理してご紹介しますので、是非参考にしていただければ幸いです。

1. 物価による補正(実質化):
経済指標を見ようとした場合には、額面の金額そのままの名目の数値と、物価成長率で除した実質の数値があります。
実質は物価指数による実質化の基準年によっても数値が異なります。
OECDのデータベースの場合は、OECD共通の基準年が設定されています。
直近のデータ(2023年)では2015年が基準年ですが、指標によっては2020年や2022年になっているものもあります。

2. 換算レートの種類:
通貨の換算レートとしては、為替レート(Exchange rates)と購買力平価(Purchasing Power Parities)の2つの選択肢があります。
為替レートはアップダウンが激しく、為替レートでドル換算した数値はこの変動の影響によりジグザグした推移となります。

購買力平価によるドル換算は、為替レートで換算した数値を更にアメリカとの物価水準差分だけ補正することになります。
為替レート換算のように、変動による影響はなくスムーズな推移となります。
購買力平価は、物価水準をアメリカ並みに揃えた上で、数量的=実質的な規模の比較を試みるための指標です。
「通貨コンバータであり、空間的価格デフレータ」と呼ばれます。
購買力平価換算値は、より生活実感に近い数値と言えそうです。
ただし、その正確性に課題があるという指摘があったり、使いどころが限定されているといった特徴もありそうです。

購買力平価の換算について、下記記事もご参照ください。
参考記事: 購買力平価って何?
参考記事: ドル換算は為替?購買力平価?

3. 換算レートの換算年
通貨の換算レートは毎年変動します。
この各年のレートを使用してドル換算する場合と、換算レートを固定してその固定年のレートで全ての時系列の数値をドル換算する場合があります。
OECDのデータでは、物価固定(実質)とセットで、固定年の換算データが用いられるという使い方になっているようです。

上記の通り、3つの項目でそれぞれ2つの選択肢があるので、合計8個のドル換算の表現方法があることになります。

換算方法実質・名目換算レートの種類換算レートの換算年
① 名目 為替レート換算(各年)名目為替レート各年
② 名目 為替レート換算(固定年)名目為替レート固定年
③ 実質 為替レート換算(各年)実質為替レート各年
④ 実質 為替レート換算(固定年)実質為替レート固定年
⑤ 名目 購買力平価換算(各年)名目購買力平価各年
⑥ 名目 購買力平価換算(固定年)名目購買力平価固定年
⑦ 実質 購買力平価換算(各年)実質購買力平価各年
⑧ 実質 購買力平価換算(固定年)実質購買力平価固定年

上記のうち、1人あたりGDPでOECDで公表されている換算方法は次の通りです。
① 名目 為替レート換算(各年)
④ 実質 為替レート換算(固定年)
⑤ 名目 購買力平価換算(各年)
⑧ 実質 為替レート換算(固定年)

実質値の換算方法は、換算レートの換算年が固定の数値しか公表されていません。
これらの関係性がどのように異なり、どのような意味となるのか、今回は少しマニアックですが比較してみます。

2. 日本の1人あたりGDP

代表的な経済指標である1人あたりGDPについて、考えてみます。

まずドル換算しない日本円での名目と実質の違いです。

日本 1人あたりGDP 名目・実質

図1 日本 1人あたりGDP 名目・実質
(OECD統計データ より)

図1は、日本の1人あたりGDPについて、実質化の基準年を変えて実質を計算したグラフです。

実質 = 名目 ÷ 物価指数

物価指数は、基準年で1.0となるように調整された数値となりますので、基準年で名目値と実質値は同じ数値となります。

日本の場合、名目は1997年から横ばいが続きますが、実質値は右肩上がりです。
1970年を基準とすると、2022年では実質で200万円程度となります。
当時80万円程度だったのが、物価上昇分を差し引いても2倍以上の実質成長をしているという意味になりますね。

基準年を1997年とすると2022年には500万円、OECD基準の2015年を基準年とすると2022年では430万円と言った具合です。
このように、実質値は基準年によって大きく傾向が変わる事になります。
現時点(2023年)でのOECDの実質化基準年は2015年です。

3. 為替レート換算値

続いて、この名目と実質について為替レート換算した数値を見てみましょう。

日本 1人あたりGDP ドル換算値 換算年:各年での名目と実質の違い

図2 日本 1人あたりGDP 為替レート換算 換算年:各年での名目と実質の違い

図2が、① 名目 為替レート換算(各年)と、③ 実質 為替レート換算(各年)の比較です。
換算レートを各年とした場合は、名目と実質はそれほど大きく変わりません。
為替レートの影響を受けてアップダウンするのは同じです。

1980年代後半~2008年ころまで実質値の方がやや下回る形になっていて、これは図1の状態と符合しますね。

日本 1人あたりGDP ドル換算値 換算年:各年と固定年での名目と実質の違い

図3 日本 1人あたりGDP 為替レート換算 換算年:各年と固定年での名目と実質の違い

図3が更に換算年を固定年(2015年)とした場合のグラフ(②と④)を追加したものです。

名目を固定年で表したのが② 名目 為替レート換算(固定年)、実質を表したのが④ 実質 為替レート換算(固定年)です。
換算年を固定とすると、為替レート変動の影響を受けませんので非常に滑らかな推移になります。
また、このグラフの形は図1と相似形になりますね。
円ベースの数値を単純に定数で割っただけになるためです。

ドル換算値(為替レート固定年) = 名目(円) ÷ 為替レート(固定年)

OECDで公表されている実質値(Constant prices, constant exchange rates)とは、この換算年を固定した④の数値になります。
つまり、日本の場合、実質化による影響よりも、為替レートを固定した影響の方が強い事がわかります。

為替レートを固定するという事はどういう事でしょうか?
恐らくは、まず基準年でドル換算を行いドル単位になった指標を、更に各国で実質化するという事になるのだと思います。
あくまでも基準年を基本とした各国の数量的な変化を、単位ドルで表現するという事ですね。

基準年の為替レートが自国通貨安だった場合は、その分目減りした数値を基準として時系列で実質化する事になります。

4. 購買力平価換算値

つづいて、購買力平価で換算した場合について考えてみましょう。

日本 1人あたりGDP ドル換算値 交換レート:為替レートと購買力平価での名目の違い

図4 日本 1人あたりGDP 交換レート:為替レートと購買力平価での名目の違い

図4が、1人あたりGDPの名目値について、為替レート換算(各年)と購買力平価換算(各年)での比較です。

購買力平価で換算すると非常に滑らかな右肩上がりの推移となります。
一方で、1990年代の日本の非常に高かった水準も均されます。

1990年代は日本の物価比率(Comparative Price Level)が極端に高かった時期です。

物価比率

図5 物価比率

図5は各国の物価水準(アメリカ=1.0とした倍率)を表していますが、ちょうど図4で為替レート換算値と購買力平価換算値の乖離が大きい時期と、物価水準がアメリカと乖離している開き具合が一致します。
下記のように、物価水準と購買力平価換算の式を考えれば、なぜこうなるのかわかると思います。

物価比率 = 購買力平価 ÷ 為替レート

購買力平価換算値 = 経済指標 ÷ 購買力平価
           = 経済指標 ÷ 為替レート ÷ 物価比率
         = 為替レート換算値 ÷ 物価比率

購買力平価換算値とは、為替レート換算値に対して、更に物価水準分だけ補正した数値であるという事ですね。
アメリカ並みの物価水準に合わせた場合の数値という事になります。
物価比率がアメリカよりも高ければ、その分割り引かれて表現されます。

これが空間的コンバータと呼ばれる意味と考えられますね。
各国の物価水準を揃えた上で、数量的な比較をすることになります。

日本 1人あたりGDP ドル換算値 交換レート:購買力平価換算での違い

図6 日本 1人あたりGDP ドル換算値 交換レート:購買力平価による違い

図6が購買力平価換算によるドル換算値で、名目・実質、各年換算・固定年換算の4パターンのグラフです。

各年での換算では、やはり名目と実質でそれほど大きく変わりません。
固定年にすると図1と相似形のグラフとなります。

購買力平価による換算は、一度数量的=実質的な数値になっているので、⑦ 実質 購買力平価換算(各年)というのは、更に時系列的な実質化をすることになり、2重の実質化という事になってしまうのかもしれません。

5. 国際比較の際の注意点

日本 1人あたりGDP ドル換算値

図7 日本 1人あたりGDP ドル換算値

全ての選択肢をまとめたのが図7です。
換算方法によって全く異なる傾向となりますね。

どのような比較をしたいかによりますが、国際比較をする際にはそれぞれの換算方法の意味するところを踏まえたうえで、最も適した方法を選択するのが良いと思います。
特に長期の時系列比較は名目の数値が適しているように思います。

実質値の場合は、為替レートや購買力平価も固定年での換算となるのが基本という事も覚えておくと良いかもしれません。
経済学的、統計的に意味するところは私自身も理解できていませんが、ひとまず「そういうもの」という事で認識しておけば良いと思います。

当ブログでは、名目 為替レート換算(各年)を基本としています。
これは、GDPに限らず広範な経済指標を、できるだけフラットな目線で国際比較する事を重視したいためです。

GDPベースの購買力平価は、基本的にGDPに関するドル換算のみに適用されます。
これは、購買力平価がそもそもGDPの構成比に合致するように作成されているためですね。
GDP専用の換算レートとも言えます。
もちろん、GDPに関する1人あたりGDPや、労働時間あたりGDP、労働者1人あたりGDP等への適用は問題ないものと思います。

購買力平価は更に民間消費(Private consumption)の購買力平価と、現実個別消費(Actual individual consumption)の購買力平価が時系列で公開されています(OECDの場合)。
民間消費の購買力平価は、所得に関する換算に用いられる換算レートです。
OECDのデータだと平均給与(Annual wages)のドル換算に用いられています。
現実個別消費は現実個別消費専用の換算レートとなりますね。
このように、購買力平価は想定している経済指標が決まっている事になります。

実質化に用いる物価指数も同様ですね。
GDPの実質化にはGDPデフレータですし、支出面・生産面の実質化には対応するそれぞれのデフレータでの実質化が基本となります。
例えば、工業のGDPであれば工業のデフレータ、家計最終消費支出の実質化であれば家計最終消費支出デフレータが対応します。
しかし、所得などの分配面については対応するデフレータが無いため、民間最終消費支出デフレータや消費者物価指数を代用するような形となっています。

どんな経済指標でもGDPベースの購買力平価や、GDPデフレータを用いれば良いというわけでもないようです。

「経済指標を見るには名目ではなくて実質を見なければ意味がない」という意見を聞きますが、これはあくまでも自国の数値だけを見たり、成長率を比較する場合ですね。
絶対値で推移を国際比較する場合は、実質で比較するとむしろ誤った解釈になる可能性もあるように思います。

為替レートの変動を踏まえた上で、名目値の為替レート換算値を基本とし、成長率では名目と実質の双方を比べ、生活実感に近い指標(可処分所得など)は購買力平価の種類に注意しながら購買力平価でも比較してみる、といった見方の使い分けをするとよいのではないでしょうか。

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