307 労働生産性の成長率 - 名目・実質と基準年による違い
労働生産性の成長度合いを考える場合、基準年によって大きく傾向が異なる事になります。国際比較する場合には、基準年における各国の実情を認識したうえで数値をみる必要がありそうです。
目 次
1. 成長率とは
前回は日本の労働生産性について、基準年を変えての実質値の計算結果をご紹介しました。
日本の場合、基準年によっては名目値よりも実質値の方が高くなるなど、興味深い傾向が見て取れました。
今回は、労働生産性の成長率について各国比較してみたいと思います。
各国で経済指標を比較する場合は、大きく分けてドル換算して水準を比較する方法と、自国通貨建てでの成長率を比較する方法があります。
ドル換算はさらに為替レート換算と購買力平価換算があります。
為替レート換算は為替変動によって数値がアップダウンし、自国通貨ベースでの上昇・低下なのか、為替変動による影響なのかが判断しにくいですね。
購買力平価換算は、アメリカの物価に揃えた上での、数量的な比較をすることになります。
為替変動の影響は受けず滑らかなグラフとなりますが、購買力平価の厳密性について疑問を持つ人もいるようです。
それぞれの購買力平価(GDP、民間最終消費支出、現実個別消費)ごとに用途が限られるため、どのような指標にも適用できる汎用的な換算方法とは言い難い面もあります。
自国通貨建てでの成長率の比較は、為替の影響は受けず比較できるメリットがありますが、各国の水準の高低を比較できません。
また、基準年の水準によって成長度合がばらつきます。
例えばある経済指標について、2000年の数値がA国で100、B国で200だったとします。
数量的=実質的な比較をしたい場合、これは購買力平価換算値に相当すると考えてみてください。
2020年ではA国は150、B国は300になった場合、同じ1.5倍の成長率ですが、比率は2倍のままで、差は150とむしろ拡大しています。
そもそもの水準が違いますので、成長率だけを比較しても数値の違いが逆に見えなくなります。
この場合、せいぜい比率としてはB国に相当する水準が維持できているだけです。
さらに、2010年でA国は120、B国は280だったとします。
2010年から2020年の成長率はA国で1.25倍、B国で1.07倍です。
比率は2010年で2.3倍から2020年で2.2倍へと縮まり、差は160から150に縮まる事になりますが、成長率が高いからと言って2020年の数値で追い越しているわけではありません(A国150、B国300)。
ただし、この成長度合いが続けば、いずれはB国を追い越す可能性も考えられます。
一方で、たまたま2010年から2020年のB国の伸びが小さかっただけで、その後B国がさらに成長する可能性もあり、将来のことは誰にもわかりません。
基準年によってその国の状況は異なりますので、そこからの比率だけを比べたところであまり意味が無いことがわかると思います。
このように、経済指標の国際比較では、厳密に比較できる方法は存在しないと言っても良いかもしれません。
それでも、さまざまな角度から眺めてうえで、総合的に理解を深めていく事が重要と思います。
今回は、各国の労働生産性(労働時間あたりGDP)の名目値と実質値の成長度合いについて、基準年を変えてご紹介していきたいと思います。
2. 物価指数の国際比較
まずは、実質値を計算するための、物価指数から見てみましょう。
図1 GDPデフレータ
(OECD統計データより)
図1は主要先進国のGDPデフレータです。
1970年を基準(1.0)とする倍率としています。
日本は1980年頃まで他国と同程度で上昇し、1990年代後半から横ばいが続いています。
2000年頃には緩やかに上昇しているドイツに抜かれていますね。
イギリスやイタリアの上昇が大きい事も特徴的です。
このような推移を頭に入れたうえで、名目値や実質値の成長度合いを眺めていきましょう。
3. 労働時間あたりGDPの成長度合:1970年基準
まずは労働時間あたりGDPの1970年を基準とした成長度合いを眺めてみましょう。
図2 労働時間あたりGDP 名目値 1970年基準
(OECD統計データより)
図2は労働時間あたりGDPの名目値について、1970年を基準(1.0)とした場合の倍率です。
日本(青)は2000年頃まではアメリカやドイツよりも高い成長でしたが、その後は緩やかとなり、ドイツやアメリカに抜かされています。
イタリアやイギリスは相対的にかなり高い成長で、50年ほどの間にイギリスで40倍、イタリアで50倍となります。
フランスで20倍、アメリカ、カナダで15倍弱、ドイツで10倍、日本が8倍といった具合です。
図3 労働時間あたりGDP 実質値 1970年基準
(OECD統計データより)
図3が1970年基準の実質成長の度合いです。
実質で見ると日本が最も高く、50年ほどの間に3.5倍ほどに達しています。
次いでフランス、ドイツ、イギリスで2.5~2.8倍ほどで、アメリカ、イタリアは2.2倍程度です。
イタリアは2000年ころから横ばい傾向となり、名目成長が物価上昇と釣り合うような成長度合いという事になりますね。
実質では1970年を基準にすると日本が最も高いというのは意外な結果だと思います。
4. 労働時間あたりGDPの成長度合:1990年基準
続いて、同様に1990年を基準とした倍率を見てみましょう。
まずは名目値からです。
図4 労働時間あたりGDP 名目値 1990年基準
(OECD統計データより)
図4が1990年を基準とした名目値の比較です。
日本は2000年代から横ばい傾向が強くなりますが、他国は上昇傾向が続いています。
フランスで2.1倍、イタリア、ドイツで2.6倍、アメリカで3.2倍、イギリスで3.5倍ですね。
日本は自国通貨建てで見ればバブル期1985年~1990年の成長が大きかった分、1990年以降の成長が停滞している事を示します。
これは、よく見れば図3からも読み取れますね。
図5 労働時間あたりGDP 実質値 1990年基準
(OECD統計データより)
図5が1990年基準の実質値の倍率です。
イタリアが1.2倍で停滞が続いていますが、他の国は基本的に上昇傾向が続いています。
日本もアメリカ、イギリスに続いて高い成長という事になりますね。
1990年の水準に対して1.5倍強です。
アメリカで1.7倍、イギリス1.6倍弱、ドイツ1.5倍、フランス1.4倍と比べても遜色のない成長度合いであることがわかります。
1970年基準の圧倒さはなくなりますが、主要先進国の中では相応の成長率が維持されていると見てもよさそうですね。
5. 労働時間あたりGDPの成長度合:2010年基準
最後に2010年基準の計算結果です。
図6 労働時間あたりGDP 名目値 2010年基準
(OECD統計データより)
図6が2010年基準の名目値の倍率です。
1990年基準だと日本だけ停滞気味でしたが、2010年基準とすると右肩上がりで上昇傾向が見て取れます。
特に2012年からは一貫して上昇していますね。
リーマンショックを経て、物価の下落が止まり上昇に転じたタイミングと同期していて、名目でも上昇し始めたことがわかります。
図7 労働時間あたりGDP 実質値 2010年基準
(OECD統計データより)
図7が2010年基準の実質値の倍率です。
日本はドイツやカナダ、フランスと同じくらいの成長度合いで進んでいるようです。
イギリスやイタリアなどよりも成長の度合いが高い事がわかりますね。
近年の日本の実質成長率は、主要先進国の中でも比較的高い水準であると言えそうです。
6. 労働生産性の実質成長率の特徴
今回は労働生産性(労働時間あたりGDP)の実質成長率について、基準年ごとの計算結果をご紹介いたしました。
日本の労働生産性は名目では停滞傾向が続いていますが、実質では相対的に高い成長度合いと言えそうです。
ただし、成長率が高い事と、水準が高い事はイコールではありませんね。
水準として他国に劣後しているのであれば成長率はもっと高くなければ追いつけませんし、他国よりも高い状態であれば成長率が低くても優位性を維持しているかもしれません。
図8 労働時間あたりGDP 実質 購買力平価換算
(OECD統計データより)
図8は労働時間あたりGDPの購買力平価換算値です。
購買力平価換算は、各国の物価水準を揃えた上での、数量的=実質的な比較をする試みです。
このため購買力平価は空間的デフレータと呼ばれます。
さらに、それを物価指数で割る事で時間的な実質化を行ったのが、図8という事になります。
日本の労働生産性は成長度合いが他国並み(傾きが同程度)としても、水準としては他の主要先進国に大きく劣後している状況です。
さらに、OECD等で公開されている実質値のデータは、実質化する基準年がより新しい年に更新されていきますので、結果的に名目値の影響を受けます。
基準年の実質値=名目値となるためです。
成長率の高低だけをもって、日本の生産性は高いとは言えません。
ただし、今後の展開に希望が持てるのも事実ですね。
次回は労働生産性の水準について着目してみたいと思います。
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