244 物価比率と購買力平価 - 1人あたりGDPのドル換算値
購買力平価は「通貨コンバータであり、空間的価格デフレータである」と言われます。購買力平価でドル換算すると、物価を揃えた上で数量的=実質的な水準を比較する事になるようです。
1. 1人あたりGDPのドル換算値
前回はドル換算値する際の、為替レート換算と購買力平価換算の違いについて眺めてみました。
購買力平価換算は、アメリカとの経済格差のある国については、その格差分も補正する効果があるようです。
物価水準をアメリカ並みに揃えた上で、数量的=実質的な数値を比較するための指標(空間的価格デフレータ)という側面があります。
今回は1人あたりGDPについて、具体的に比較してみたいと思います。
まずは、ドル換算値の推移を見比べてみましょう。
図1 1人あたりGDP 名目値 為替レート換算・購買力平価換算
(OECD統計データ より)
図1はOECD各国の1人あたりGDPについて、為替レート換算(左)と購買力平価換算(右)のグラフです。
為替レート換算は為替変動によるアップダウンが大きく非常に見にくいグラフですが、購買力平価換算は全体的に滑らかな推移で見やすいですね。
一方で、為替レート換算では日本はイタリアや韓国よりも数値が大きいのですが、購買力平価換算では近年この両国に抜かれています。
為替レート換算では同じくらいの水準のドイツとカナダですが、購買力平価換算だとドイツの方が一回り大きい水準になっています。
特に日本の1990年代の水準を見比べてみると、その違いが顕著に見られます。
為替レート換算値では1990年代の日本の水準は非常に高い水準に達していた事になります。
一方で、購買力平価換算値はその分が均されて他国並みの水準です。
為替レート換算値で見たときの日本の高水準は、単純に為替レートで下駄をはかされていただけの状態だったのでしょうか?
議論の分かれるところかもしれませんが、当時の日本の水準は確かに円高(1995年の年平均で94円/ドル)でした。
これは近年の水準(100~120円/ドルくらい)とそう変わりません。
実際に当時の日本の経済水準がかなり高まったものの、物価比率の分まで補正され均されてマイナス補正されてしまったようにも見えます。
逆に言えば、当時の日本は金額的には非常に高い水準ながら、数量的=実質的には他国を下回る水準でしかなく、生活実感としてはそれほど高かったわけではない事を示している事になります。
つまり、GDPも高いけれど、物価も高いので、購入できる数量的な水準はそれほど高くなかったという事ですね。
2. 1人あたりGDPの購買力平価換算値
次に、近年の具体的な数値でドル換算値を比較してみましょう。
図2 1人あたりGDP 2021年 為替換算・購買力平価換算
(OECD統計データ より)
図2は、1人あたりGDPについて2021年の数値を比較したグラフです。
購買力平価換算(赤)と為替レート換算(青)を併記していて、購買力平価換算値が大きい順に並べています。
また、各国の物価比率(購買力平価と為替レートの比:Price level ratio)も表記しています。
物価比率の高い国は購買力平価換算値が為替レート換算よりも小さくなります。
物価比率の低い国はその逆ですね。
経済水準が高い国ほど、物価比率が高い傾向も確認できます。
購買力平価換算値で見ると、日本の1人あたりGDPは43,000ドル程度で38か国中25位と下位になります。
為替レート換算だと20位ですが、日本よりも物価比率の低い韓国、イタリア、イスラエル、リトアニアなどに抜かれている状況ですね。
1人あたりGDP 2021年
単位:ドル 38か国中
購買力平価換算 / 為替換算 / 物価比率
5位 69,558 / 69,558 / 1.00 アメリカ
12位 58,861 / 51,204 / 0.88 ドイツ
15位 52,022 / 51,988 / 1.00 カナダ
16位 50,544 / 43,360 / 0.86 フランス
17位 49,525 / 47,191 / 0.95 イギリス
18位 47,242 / 34,998 / 0.74 韓国
20位 46,073 / 35,657 / 0.77 イタリア
25位 43,002 / 39,341 / 0.91 日本
3. 購買力平価で換算する意味とは
購買力平価でドル換算する意味を考えてみましょう。
従来、購買力平価は次のように計算されていたようです。
購買力平価 = 基準年の購買力平価 x 自国の物価指数 ÷ アメリカの物価指数
つまり、基準年の購買力平価を調査によって計算し、その結果に対して他の年では両国の物価変動分の比率をかけ合わせる事で推定するという事になります。
この前提に立って、購買力平価換算値を理解しようとすると、次のように計算されることになります。
購買力平価換算値 = 名目値 ÷ 購買力平価
= 名目値 ÷ 基準年の購買力平価 x アメリカの物価指数 ÷ 自国の物価指数
= 名目値 ÷ 基準年の購買力平価 x アメリカとの物価指数の比
現在OECDで公開されている購買力平価は、ある基準年の購買力平価に対して、自国とアメリカの物価変化率の比をかけたものに近いようです。
参考記事: 購買力平価って何?
つまり、購買力平価換算は、アメリカと自国の物価指数の違いと関係する事になります。
まず、各国の物価指数=GDPデフレータについて、確認してみましょう。
図3 GDPデフレータ 変化率 1970年基準
(OECD統計データ より)
図3が各国の物価指数(GDPデフレータ)です。
1970年を基準(1.0)とした倍率として表現しています。
日本は1990年代をピークにしていったん減少し停滞が続いていますが、他国は基本的に右肩上がりで物価が上昇しています。
当然アメリカも物価が上昇していますので、次にアメリカの物価変化率との比を確認してみましょう。
図4 GDPデフレータ 変化率 1970年基準 対アメリカ比
(OECD統計データ より)
図4がアメリカの物価指数に対する、各国の物価変指数の比です。
アメリカよりも物価が上がっているかどうかを表すと考えれば理解しやすいと思います。
この形が購買力平価の推移と相似形になります。
特に1990年代以前はほぼぴったりと一致します。
1990年代以降でずれが生じるのは、具体的な購買力平価の調査が頻繁に行われ、単に物価指数の比で推定するよりも厳密な計算が行われているためと思われます。
当時よりも自国通貨安方向に推移しているのが、日本、ドイツ、スイスですね。
あるところまでは自国通貨高に推移し、その後横ばいなのがイギリス、カナダ、スウェーデンなどです。
これらは前々回ご紹介した各国の購買力平価の推移と相似形となります。
参考記事: 購買力平価って何?
4. 物価比率の意味とは
物価比率 = 購買力平価 ÷ 為替レート
= 基準年の購買力平価 x 自国の物価指数 ÷ アメリカの物価指数 ÷ 為替レート
このような表記にすると、物価比率は物価変化率の比(図4)を基本形として、為替レートで補正した数値という見方もできますね。
つまり、アメリカに対する相対的な物価指数と関係する事になります。
図5 物価比率
(OECD統計データ より)
図5が物価比率を計算したグラフ(物価比率=購買力平価÷為替レート)です。
参考記事: 物価比率って何だろう?
日本は1995年に1.86とアメリカの2倍近くの物価比率に達しています。
物価が高いと言われるスイスを上回る水準だったわけですね。
当時他国から見れば日本は高い国だった事になります。
しかし、他国の物価が上がる中、日本だけ物価停滞が続いた事でその後物価比率も低下傾向が続いています。
直近の2021年にはアメリカやイギリス、カナダを下回る水準にまで落ち着いてきている状況です。
5. 物価比率と実質実効為替レート
実は物価比率は、実質実効為替レート指数と呼ばれる指標とかなり近いものとなります。
図6 日本 物価比率・実質実効為替レート指数
(OECD統計データ、日本銀行のデータより)
図6が試みに日本の物価比率と、実質実効為替レート指数を重ね合わせたグラフです。
傾向も含め、かなりな部分で一致している事が確認できますね。
実質実効為替レートは、日本銀行の解説によれば次のように説明されます。
「名目実効為替レートは、特定の2通貨間の為替レートをみているだけでは捉えられない、総合的な為替レートの変動をみるための指標です。具体的には、対象となる全ての通貨と日本円との間の2通貨間為替レートを、貿易額等で計った相対的な重要度でウエイト付けして集計・算出します。実質実効為替レートは、さらに、対象となる国・地域の物価動向も加味して算出されます。」
この実質実効為替レートを基準年(2020年)を100として指数化したのが、実質実効為替レート指数という事になりますね。
一見関係のなさそうなこの2つの指標が、かなり一致するという事はとても興味深いと思います。
また、日本の場合は、円とドルとの取引が支配的のため、物価比率と実質実効為替レートが近い水準なのかもしれませんね。
日本の最大の貿易相手は既に中国のはずですが、元との交換比率がどこまで影響しているのか、大変興味深いです。
別の機会に深堀りしてみたいと思います。
6. 物価比率の特徴
今回は具体的な1人あたりGDPのドル換算値について、為替レート換算と購買力平価換算を見比べてみる事で、購買力平価や物価比率とはどういったものかを直観的に掴む試みをしてみました。
為替レート換算に比べて、購買力平価換算は次のような特徴を持つようです。
アメリカと比較して相対的に物価比率の高い国はマイナス側に、低い国はプラス側に補正される。
経済水準(今回は1人あたりGDP)の水準が低い国ほど、物価比率も低い傾向にあり、その分購買力平価換算値は嵩上げされて評価される。
日本はかつて極めて高い物価比率に達し、その後は低下していて、近年ではOECDの平均値近辺となります。
2022年には大きく平均値を下回り、1970年代の水準となっています。
1990年代はアメリカの2倍近くの物価比率に達し、他国からすると割高な国だったことになりますね。
日本は経済水準や人口の割に輸出の少ない国ですが、製造業の海外進出は盛んです。
一方、他国企業の日本進出は極端に少なく、先進国の中で極端な産業の空洞化が進んでいる国ですね。
他国は流出と流入が双方向的です。
参考記事: 貿易の少ない日本
参考記事: 日本製造業の歪なグローバル化
1990~2000年代は、日本は他国から見れば極端に割高な国だった事を考えれば、このような事態が進んできたことに一定の納得感があるのではないでしょうか。
近年ではその物価比率も他国並みになってきたので、日本は既に高い国ではなくなっています。
この新しい局面に合わせた産業の在り方が見えてくるかもしれませんね。
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