185 企業の変質は日本だけ? - 純金融資産の国際比較

家計、企業、政府などの経済主体のうち、日本の場合は企業の挙動が変化しています。金融資産と負債の差額である純金融資産(金融資産・負債差額)を国際比較する事で、日本企業の特徴を可視化してみます。

1. 企業の純金融資産とは

前回は、当ブログの大きなテーマである多様性の経済についてまとめてみました。
日本は今後人口が減っていく中で、大きな市場が必要な規模の経済一辺倒の経済観ではなく、1人1人がより豊かになるための多様性の経済も取り入れていく必要があると思います。

日本の経済を考えるうえで、最も変質してきたのはやはり企業だと思います。
企業が値段を決め、消費者でもある労働者の賃金も決めますね。

今回から企業についての詳細をご紹介していきたいと思います。
企業活動の結果蓄積した金融資産負債と、固定資産の残高について他国との水準の比較をしていきましょう。

まず今回は純金融資産(Financial net worth)についてご紹介します。
日本の国民経済計算や資金循環統計では金融資産・負債差額と呼ばれています。
また、金融資産・負債以外にも、本来は非金融資産(実物資産)が存在しますが、今回の統計には含まれていない点にご注意ください。

純金融資産は、金融資産から負債を差し引いた正味の金融資産です。
資産(金融資産+非金融資産)から負債を差し引いた正味資産とは異なります。

家計、企業、政府、金融機関、海外の経済主体において、家計の純金融資産は基本的に右肩上がりに増えています。
全ての経済主体の純金融資産(負債)を足すと必ずゼロになりますので、家計が純金融資産を増やす反対で、純金融負債を増やす主体が必要となります。

通常は企業が主に純金融負債を増やす主体ですが、日本の場合はバブル崩壊以降企業の純金融負債は増えていません。
その代わり、政府と海外が純金融負債を増やしています。

政府が純金融負債を増やしているのは、税収などの政府収入に比べて、政府支出が多く、国債の発行が累積しているためですね。
海外の純金融負債が増えているのは、企業や政府、金融機関が、国内ではなく海外に投資しているためです。

政府や金融機関は主に対外証券投資を増やしています。

企業は対外直接投資を増やしています。
対外直接投資は、海外の現地法人や工場など直接的に経営に関与する対外投資ですね。

日本企業は、国内への事業投資のために負債を増やす主体から、金融投資や海外投資により、金融資産を増やす存在へと変化したと言えそうです。

今回はまず純金融資産を取り上げ、次回以降金融資産や、負債について詳細を見ていきましょう。

2. 日本企業の純金融資産

まず、日本企業の純金融資産の状況から確認してみましょう。

純金融資産 日本

図1 純金融資産 企業 日本
(OECD統計データより)

図1は日本企業の金融資産(青)、負債(赤)、純金融資産(黒線)をまとめたものです。

1989年に金融資産と負債がピークとなり、その後減少・停滞傾向が続きます。
リーマンショック後はどちらも増加傾向となっています。

金融資産から負債を差引いた純金融資産(金融資産・負債差額)は、1999年あたりをピークにして、目減りしていきます。
リーマンショック後は徐々にマイナス額が拡大していますが、1999年の水準を超えていません。

3. 企業の純金融資産の推移

次に、企業の純金融資産についてドル換算値での国際比較をしてみましょう。

企業 純金融資産

図2 企業 純金融資産 ドル換算

図2はOECD各国の企業の純金融資産の推移をグラフ化したものです。
純金融資産に対して符号がマイナスなので、実際には純金融負債を表したものになります。
ここでは、マイナス額(グラフ下方)が大きくなるほど、純金融負債が大きくなると表現します。

圧倒的なのはアメリカですね、企業の純金融負債が大きく増大しています。
1995年の時点では日本もアメリカに対して相応の規模があったようですが、日本の場合は純金融負債が目減りしていき、その差異は極めて大きくなっています。

4. 企業の1人あたり純金融資産の推移

図1は企業全体の数値をグラフ化したものです。
当然国ごとに人口が異なり、経済規模も異なりますね。

人口あたりの水準で比較した方が公平と言えますので、1人あたりの企業の純金融負債のグラフを見てみましょう。

純金融資産 1人あたり 企業

図3 企業 純金融資産 1人あたり ドル換算

図3が人口1人あたり企業純金融資産です。

日本(青)は純金融負債の水準が傾向的に減っている事がわかります。
良く見るとドイツやイギリス、イタリアもリーマンショック以降は停滞気味ですね。
ただし、傾向的には純金融負債が増える国の方が多そうです。

日本は1995年時点では極めて高い水準でしたが、直近では中程度です。
イタリアやフランス、韓国と同じくらいの水準となっています。

5. 企業の1人あたり純金融資産の国際比較:1997年

それでは、1997年の日本経済のピーク時と、最近のデータで、各国の水準を数値比較してみましょう。

まずは1997年からです。

企業 純金融資産 1人あたり 1997年

図4 企業 純金融資産 1人あたり 1997年

図4は1997年のグラフで、数値が小さい順に並べたものです。

当時日本は、人口1人あたりで-47,486ドルと、アメリカ、オランダに次いで3番目に水準の大きな国だったようです。
スイスやアイルランドなど水準の高い国のデータが無いため順位が高い部分もありますので、ご承知おきください。

データがある国の平均値は-20,247ドルで、日本は平均値の倍以上の高水準だった事がわかります。

6. 企業の1人あたり純金融資産の国際比較:2019年

企業 純金融資産 1人あたり 2019年

図4 企業 純金融資産 1人あたり 2019年

図4が2019年のデータです。

日本は中位にまで順位を落としています。
数値としては-40,279ドルで、OECD平均値の-59,179ドルを大きく下回ります。

1997年の段階では大きく差をつけていたイタリアやフランスともかなり近い水準で、アメリカとの差が大きく拡大しています。

同じ工業国のドイツの水準が低い事も特徴的ですね。
ドイツは1997年の段階に比べると2倍近くになりますが、日本よりも大分低い水準です。

7. 企業の純金融負債の増加度合

日本の企業は、1人あたりのドル換算値で見ると、純金融負債が明らかに減っています。
このような国は日本だけなのでしょうか。

自国通貨ベースでの成長度合という観点からも見てみましょう。

企業 純金融負債

図6 企業 純金融負債

図6は1995年を基準にした、企業の純金融負債の倍率です。
純金融負債という事で、プラスマイナスが逆になりますのでご注意ください。

各国とも基本的には右肩上がりで純金融負債を増やしています。
この25年程で、ドイツで2倍、フランスで3.5倍、アメリカで4.5倍ほどです。
日本はマイナスからの停滞気味で、直近では0.8倍ほどと唯一目減りしています。

8. 企業の純金融資産の特徴

今回は企業の純金融資産についてご紹介しました。

主要先進国で企業が純金融負債を減らしているというのは、日本だけに見られる傾向と言えそうです。
日本の経済停滞と、企業の純金融負債には大きな関係がありそうですね。

企業の負債で大きいのは借入株式です。
日本の企業は借入が減少し、株式がアップダウンしながらもそれほど増えていない特徴があります。

「企業の純金融負債が増えているか」は経済の状況を表す重要なバロメータの1つと言えそうです。

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