295 平均給与の要因分解 - 実質成長率の各国比較

1. 平均給与の要因分解

前回は要因分解の概要と、日本の平均給与実質成長率の要因分解例をご紹介しました。
日本は、賃金・俸給がアップダウンしていて、物価が下落したり、パートタイム労働比率が増える事等が寄与して、全体として横ばい傾向が続いています。

今回は、主要先進国各国の平均給与について、実質成長率の要因分解を試みた結果をご紹介します。

OECDの平均給与実質値は次のように定義されています。

平均給与実質 = 賃金・俸給 ÷ 雇用者数 ÷ 物価指数 x フルタイム労働比率

ちょうど各要素の掛け算と割り算で表現されている事がわかりますね。
つまり、平均給与の実質成長率は次のように分解できるという事になります。
ここでの成長率とは、各年の前年の数値に対する倍率を意味します。

平均給与 実質成長率 = 賃金・俸給成長率 - 雇用者数成長率 - 物価成長率 + フルタイム労働比率成長率

平均給与の計算で用いられる各項目の変化が、どのように平均給与の成長率に寄与しているかを表せることになります。

賃金・俸給成長率
GDP分配面に含まれる賃金・俸給の総額となります。
これがプラス成長するという事は、給与総額が増えているという事になり、平均給与の実質成長率へもプラスの寄与をすることになります。

雇用者成長率
雇用者(雇われている労働者)の人数の変化です。
賃金・俸給が一定とすると、人数が増えるほど平均値が下がります。
このため、雇用者が増えると、平均給与の実質成長率にはマイナスの寄与をする事になります。

物価成長率
物価が上がるほど平均給与の実質成長はマイナスとなります。
したがって、物価上昇は平均給与の実質成長率へマイナスの寄与をすることになります。
逆に物価が下がると実質成長率にプラスの寄与となります。

フルタイム労働比率成長率
フルタイム労働比率は、フルタイム労働者の平均労働時間を雇用者全体の平均労働時間で割った指標です。
主要国では概ね105%~115%の範囲です。
この数値が大きくなるほど、全体に占めるパートタイム労働者の労働が増えている事になります。
OECDの平均給与は、フルタイム労働比率を掛ける事によって、パートタイム労働者がフルタイム働いたと見做す調整が行われます。
他の指数が一定であるならば、フルタイム労働比率が増えると平均給与の実質成長率へはプラスに寄与することになります。

2. アメリカの平均給与 要因分解

今回はまずアメリカの要因分解から見てみましょう。

平均給与 実質成長率 要因分解 アメリカ

図1 平均給与 実質成長率 要因分解 アメリカ
(OECD統計データ より)

図1がアメリカ平均給与 実質成長率の要因分解結果です。

基本的に賃金・俸給がプラス寄与していて、雇用者数と物価指数はマイナス寄与しています。
そして、平均給与の実質成長率も基本的にはプラス成長が続いていますね。
平均給与が実質成長し続けている事になります。

つまり、給与総額も雇用者数も増え続けていて、物価も上昇が続いていますが、平均給与としてはプラス成長が続いている事になります。

フルタイム労働比率の寄与分はほとんどありません。

また、2009年には、賃金・俸給がマイナス寄与、雇用者数がプラス寄与していて、パートタイム労働比率が大きくプラス寄与しています。
つまり、この年は雇用者数が減り、パートタイム労働者が増え、給与総額が減ったという事ですね。
リーマンショックがどのように影響したのかが良くわかります。

2020年は賃金・俸給の成長率が急激に減少していますがプラス寄与、雇用者数がプラス寄与しています。
コロナ禍の影響とみられますが、リーマンショックの時の変化とやや異なるのも興味深いです。

3. ドイツの平均給与 要因分解

続いて、ドイツのデータを見てみましょう。

平均給与 実質 成長率 要因分解 ドイツ

図2 平均給与 実質 成長率 要因分解 ドイツ
(OECD統計データ より)

図2がドイツの要因分解結果です。

アメリカほどではありませんが、基本的には賃金・俸給がプラス寄与、雇用者数、物価指数がマイナス寄与していて、平均給与の実質成長率もプラス成長が続いています。

データのある1992年~2006年ころまでは継続してフルタイム労働比率がプラス寄与しています。
この指標がプラスという事は、パートタイム労働の割合が増えている事を示します。
確かにドイツは、特に女性のパートタイム雇用率が2000年代中盤まで増加していて、主要国の中でも高い水準に達していました。
参考記事: 女性のパートタイム雇用率

2014年以降は逆にパートタイム雇用率がマイナス寄与している傾向に変化しています。
パートタイム労働者が減っている事を意味します。

2007年以降は2009年を除いて、賃金・俸給の伸びがそれまでよりも増えている印象ですね。
この点はフランスやイギリスとは異なる傾向です。

4. フランスの平均給与 要因分解

続いてフランスのデータです。

平均給与 実質 成長率 要因分解 フランス

図3 平均給与 実質 成長率 要因分解 フランス
(OECD統計データ より)

図3がフランスのデータです。

やはり賃金・俸給がプラス寄与、雇用者数、物価指数がマイナス寄与で、平均給与の実質成長率は基本的にプラスです。

2009年の変化は賃金・俸給はほぼ変わらず、雇用者数と物価指数、フルタイム労働比率がプラス寄与しています。
給与総額は変えないけれど、雇用者数を減らし、物価が下落する事で、平均給与がプラス成長しています。

一方で、2020年の変化は、賃金・俸給が大きく減少し、雇用者数が減っていて、平均給与が大きくマイナス成長しています。
挙動が異なるのが興味深いですね。

ドイツと異なり、2009年以降は、賃金・俸給の伸びがやや低下しているようにも見受けられます。

5. イギリスの平均給与 要因分解

続いてイギリスのデータです。

平均給与 実質 成長率 要因分解 イギリス

図4 平均給与 実質 成長率 要因分解 イギリス
(OECD統計データ より)

図4がイギリスのデータです。

やはり基本的には賃金・俸給がプラス寄与、雇用者数、物価がマイナス寄与です。
比較的パートタイム労働比率がマイナス寄与している期間が多いですね。
イギリスはパートタイム雇用率が高い国ですが、徐々に低下している傾向があります。

1991~1993年で雇用者数が減っていて、物価指数が大きくマイナス寄与しているのも興味深いです。

フランスと同様に、リーマンショック以降の賃金・俸給の寄与がやや低下しているようです。
また、リーマンショック後の実質成長率が低迷する期間が長いのも特徴的ですね。
平均給与の時系列データでもこのあたりでイギリスの実質成長率が停滞している状況が見受けられます。
 参考記事: 平均給与の国際比較

6. イタリアの平均給与 要因分解

次にイタリアのデータを見てみましょう。
イタリアは日本と同様に実質成長率が停滞している国です。

平均給与 実質 成長率 要因分解 イタリア

図5 平均給与 実質 成長率 要因分解 イタリア
(OECD統計データ より)

図5がイタリアのデータです。

リーマンショックまでは賃金・俸給がプラス寄与、雇用者数、物価指数がマイナス寄与で、平均給与の実質成長率がややプラス気味で推移しています。

2009年は賃金・俸給が減少し、2011年、2012年は物価上昇が大きく、平均給与の実質成長率大きくマイナスになっています。

その後も賃金・俸給の増加と雇用者数の増加が均衡するような推移で、平均給与の実質成長率は非常に低い水準で推移しています。

イタリアの場合はリーマンショック後の変調が長びいている事と、2015年以降は賃金・俸給の総額の増加に対して、雇用者数の増加が相応の水準に達している事で、平均給与が伸び悩んでいるような傾向のようですね。

7. 平均給与の実質成長率の特徴

最後にもう一度縦軸スケールを合わせて日本のデータを見てみましょう。

平均給与 実質 成長率 要因分解 日本

図6 平均給与 実質 成長率 要因分解 日本
(OECD統計データ より)

図6が日本のグラフです。

まず、全体的な印象としては、他の主要国と比較すると各要因の変化幅が非常に小さいという事ですね。
そして、賃金・俸給がマイナス寄与している年が多く存在する事、雇用者数は基本的に増え続けている事、物価指数がプラス寄与している年が多い事、フルタイム労働比率の寄与が相対的に大きい事などが確認できます。

特に1998~2003年は、賃金・俸給がマイナス寄与し、物価指数がプラス寄与しています。
このような挙動は他国ではほとんど見られませんね。
ちなみにこの期間は企業が資金過不足で黒字主体化し、政府の負債が他国と比べて極端に増えた時期と一致します。

物価指数のプラス寄与は更に2013年頃まで続いています。
1998~2013年は日本がデフレと呼ばれていた時期ですね。
この物価指数の寄与分を無視すると、名目成長率の要因分解となります。
名目成長率ではこの時期更にマイナス傾向が強かったことがわかります。

また、フルタイム労働比率は基本的にプラス寄与しています。
つまり、この寄与分を除外すると全労働者の年間の平均給与成長率となるわけですが、その分全体としてマイナス傾向が強くなることを意味しますね。

2012年はフルタイム労働比率が大きくマイナス寄与しています。
それだけパートタイム労働者の割合が減少した事になります。
2012年は労働者派遣法が改正され、派遣労働への規制が強化された年のようですので、関係がありそうですね。
この年は雇用者数がプラス寄与しているので、全体としては労働者数が減少している事がわかります。

2016年から平均給与の実質成長率がプラスで推移(2020年除く)していますので、今後順調に成長していく兆しはありそうです。
ただし、フルタイム労働比率がプラス寄与しているところを見ると、パートタイム労働者の増加が大きい事が窺えますね。
事実、近年では現役世代の男性も女性もパートタイム労働者が急増しています。

他の主要国では、近年はパートタイムが減少していく方向性が強いのに対して、日本は逆になっています。
その分フルタイム相当労働者の平均給与はプラス気味に計算されているようです。

また、物価の下落が、実質成長率にプラスに寄与している期間が長いのも特徴的ですね。

賃金・俸給の総額は他国ではプラス成長が当たり前ですが、日本はアップダウンしているのも特徴的です。
バブル崩壊後の調整期間がそれだけ長引いていた事が想像されますが、近年では改善し成長に向けて変化している様子も見受けられますね。

様々な面で日本だけ異なる点が多いようです。
コロナ禍で仕切り直しとなった後、どのように各国が変化していくのか、今後の推移にも注目していきたいと思います。

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