294 平均給与の実質成長率 - 要因分解による寄与度の検証
平均給与の実質成長率を要因分解することで、経済指標の変化がどのように寄与しているのかを検証してみます。
1. 要因分解とは
前回は、日本の平均給与の実質化について考えてみました。
日本は物価指数が停滞していて、指数間の乖離も大きいため、実質化する物価指数によって数値も大きく変わる事がわかりました。
特に平均給与を実質化すると、名目値そのものがアップダウンしているため、指数によっては停滞しているようにも、減少し続けているようにも計算されます。
今回は、OECDの平均給与(フルタイム相当労働者の平均給与)の実質値について、要因分解を試みたいと思います。
要因分解については今回初めて知ったのですが、計算方法のポイントを抽出すると次のようなことになります。
ある経済指標Aが、その構成要素B、C、Dから次のように定義されていたとします。
A = B x C ÷ D
この場合、経済指標Aの前年からの成長率は、次のように各要素の寄与度の総和として計算されるというものです。
Aの成長率 = Bの成長率 + Cの成長率 - Dの成長率
それぞれの構成要素の成長率の足し算と引き算だけで、Aの成長率が表現される事になります。
指標Aの成長率に対して、各要素がどのように寄与したのかがわかりますね。
構成要素が掛け算であれば成長率は足し算に、割り算であれば成長率の引き算になります。
また、要因分解は計算式を変換して因果関係を説明するものとして考えるべきではないと思います。
上記のようにA = B x C ÷Dで計算される指標に対して、次のように計算式を変換する事も出来ますね。
B = A x D ÷ C
このように変換すると、Aを増やせばBが増えるという因果関係があるようにも見えてしまいます。
これをやってしまうと、例えば需要が増えていないにもかかわらず、労働者数を増やせばGDPが成長するといった解釈となってしまうように思います。
あくまでも要因分解は、計算される式が構成項目のどのような変化によって影響されたのかという寄与度を解釈するために用いるのが良いように思います。
2. 平均給与の要因分解
今回は、前回までにご紹介してきた平均給与について要因分解してみたいと思います。
OECDの平均給与実質値は次のように定義されています。
平均給与実質 = 賃金・俸給 ÷ 雇用者数 ÷ 物価指数 x フルタイム労働比率
ちょうど各要素の掛け算と割り算で表現されている事がわかりますね。
つまり、平均給与の実質成長率は次のように分解できるという事になります。
平均給与実質成長率 = 賃金・俸給成長率 - 雇用者数成長率 - 物価成長率 + フルタイム労働比率成長率
各項目はどのような意味を持つのかを、まず整理してみましょう。
それぞれの成長率の符号もよく考える必要があります。
賃金・俸給成長率
GDP分配面に含まれる賃金・俸給の総額となります。
これがプラス成長するという事は、給与総額が増えているという事になり、平均給与の実質成長率へもプラスの寄与をすることになります。
雇用者成長率
雇用者(雇われている労働者)の人数の変化です。
賃金・俸給が一定とすると、人数が増えるほど平均値が下がります。
このため、雇用者が増えると、平均給与の実質成長率にはマイナスの寄与をする事になります。
物価成長率
物価が上がるほど平均給与の実質成長はマイナスとなりますね。
したがって、物価上昇は平均給与の実質成長率へマイナスの寄与をすることになります。
フルタイム労働比率成長率
フルタイム労働比率は、フルタイム労働者の平均労働時間を雇用者全体の平均労働時間で割った指標です。
主要国では概ね105%~115%の範囲です。
この数値が大きくなるほど、全体に占めるパートタイム労働者の労働時間が増えている事になります。
他の指数が一定であるならば、フルタイム労働比率が増えると平均給与の実質成長率へはプラスに寄与することになります。
3. 日本の平均給与
まずは日本の平均給与について確認してみましょう。
図1 平均給与 日本 名目・実質
(OECD統計データより)
図1はOECDで公開されている日本の平均給与(Average annual wages)の名目値(青)と実質値(赤)の推移です。
名目は1997年をピークにして減少し、2014年ころから上昇傾向となりますが、まだ1997年のピーク値を回復していません。
実質では、横ばい傾向が続いている事になります。
この平均給与については、パートタイム労働者がフルタイム働いたと見做した調整(フルタイム労働比率をかける)がされていますのでご注意ください。
4. 平均給与 実質成長率の要因分解
具体的な日本の平均給与の実質成長率についての要因分解結果を見てみましょう。
主要国での比較は次回ご紹介します。
図1 平均給与 実質 成長率 要因分解 日本
(OECD統計データ より)
図1が日本の平均給与(フルタイム相当労働者の平均給与)の実質成長率を要因分解したものです。
1997年あたりまでと、1998~2013年あたり、2014年以降で分けてみると、傾向が随分と異なることがわかりますね。
まず1997年までは、賃金・俸給がプラス寄与していて、雇用者数、物価指数、フルタイム労働比率がマイナス寄与しています。
賃金・俸給の総額が増え、雇用者数も増え、物価が上昇していた事がわかります。
1993年を除いて平均給与の実質成長率はプラス成長です。
フルタイム労働比率はマイナス寄与していますので、パートタイム労働の割合が低下していた状況であったことがわかります。
一方で、1998年以降を見ると、1998~2003年、2009~2012年で賃金・俸給がマイナス寄与しています。
賃金・俸給の総額がそもそも減ってしまっていたことになりますね。
2003~2008年では雇用者はマイナス寄与していますので、増えていたことになります。
物価指数はプラス寄与していますので、物価が低下していた時期となります。
デフレによって、実質賃金がプラス側に評価されていた時期という事になりますね。
フルタイム労働比率はおおむねプラス寄与していますので、このあたりではパートタイム労働者の割合が増えていたことになります。
そして、2014年以降では、賃金・俸給がプラス寄与、雇用者数、物価指数がマイナス寄与となり、実質成長率もプラス側で変化していますね。(2020年を除く)
ただし、フルタイム労働比率はまだプラス寄与なので、相対的にパートタイム労働者の増加によって、フルタイム相当労働者の平均給与がかさ上げされている面があることを示します。
このように要因分解をすると、どのような要因がどの程度寄与して全体が変化しているのかが良くわかりますね。
5. 日本の平均給与実質成長率の特徴
今回は、日本の平均給与について、実質成長率の要因分解を試みました。
日本はフルタイム相当労働者の実質成長率で見ても、アップダウンを繰り返している状況が長く続いています。
賃金・俸給の総額がそもそも減っていたり、パートタイム労働者の増加があったりと、日本特有の変化がありそうです。
次回は、主要先進国の実質成長率も同じように要因分解して、日本の傾向と比較してみたいと思います。
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