067 お金は誰の手元にある? - 日本の金融資産と負債
日本銀行の資金循環統計では、家計や企業、政府などの経済主体別に、金融資産や負債の詳細なデータが集計されています。この記事では、その概要を可視化してご紹介します。
1. 資金循環統計とは
前回は、日本銀行の短観データより、設備の過剰感について取り上げてみました。
製造業では慢性的に設備過剰の状態が続いていることが分かりました。
製造業では供給過剰により価格競争を強いられている側面があるのかもしれません。
日本では、政府債務残高が「国民1人当たり〇〇万円の借金」と言われるように、政府の負債は累積しています。
日本銀行もマネタリーベースを増やし続けている、などとされていますがこれらのお金は一体どこに行っているのでしょうか。
少なくとも私たち労働者の手元には貯まっていないように思えるのは、私だけでしょうか???
日本銀行の公表している統計データの中に資金循環統計というものがあります。
日本銀行ホームページには次のように説明されています。
「資金循環統計は、一つの国で生じる金融取引や、その結果として、保有された金融資産・負債を、企業、家計、政府といった経済主体毎に、かつ金融商品毎に包括的に記録した統計です。」
経済主体ごとの金融資産や負債の総額がわかる統計という事になります。
日本の家計で考えると労働者が低所得化していますので、金融資産が減っているかもしれません。
政府の国債は負債の一部ですので、気になる人も多いのではないでしょうか。
企業の金融資産や負債について、どのようなものがあるのか知りたい人もいるかもしれませんね。
海外との関係も気になります。
経済主体別に金融資産や負債の残高を見ることによって、このような経済主体同士の関係性も見えてくるかもしれません。
2. 経済主体別の金融資産残高
まずは、経済主体別の金融資産残高から見ていきましょう。
図1 金融資産 ストック
(日本銀行 資金循環統計 より)
図1が金融資産(ストック)の長期時系列グラフです。
経済主体とは、金融機関、非金融法人企業、一般政府、家計、海外に区分されます。
これ以外にも、対家計民間非営利団体が含まれます。
非金融法人企業は、金融機関以外の一般的な企業となります。
一般政府は、中央政府、地方政府、社会保障基金を総合した存在です。
家計は、私たち国民1人1人を総称した区分ですね。
この区分はSNA(System of national account、国民経済計算)という国際的な定義に則ったもので決められているようです。
対家計民間非営利団体は、私立学校や政治団体、労働組合、宗教団体等ですが、数値として微小なので割愛してあります。
金融機関には、日本銀行や預金取扱機関(一般的な民間金融機関など)、保険・年金基金などが含まれます。
それにしても金融機関の資産残高は、4,200兆円近くと眩暈がしそうな金額です。
家計の金融資産は右肩上がりで、直近では1,855兆円です。
非金融法人企業は、1990年頃から停滞が続いていて、直近では1,245兆円です。
一般政府は右肩上がりで624兆円、海外も右肩上がりで701兆円です。
日本で一番金融資産を持っているのは、金融機関です。
企業経営でも貸借対照表の中で、資産もあれば負債もありますね。
資産だけを取り上げても一面的になってしまいますので、負債についても見てみましょう。
3. 経済主体別の負債残高
つづいて、経済主体別の負債残高です。
図2 負債 ストック
(日本銀行 資金循環統計 より)
図2が負債のグラフです。
直近では金融機関の負債が4,000兆円近くになり、資産(4,200兆円)をほぼ相殺しています。
非金融法人企業が次に負債が大きいですが、1,200~2,000兆円の間で推移しています。
右肩上がりで負債を増やしているのが、政府と海外です。
一般政府は1,200兆円くらい、海外は1,000兆円くらいですね。
この一般政府の負債の中に、政府の国債残高約900兆円が含まれます。
国民1人当たり〇〇万円と言われる部分ですね。
家計は他の主体と比べると極端に金融負債が少ないですね。
この中には、住宅ローン等も含まれるはずなのですが、意外と少ないです。
およそ300兆円くらいで横ばいです。
さて、資産、負債とみれば、一番重要なのはその差し引きである正味(純)の金額ではないでしょうか。
資産だけ、負債だけ見ても大した意味はないと思います。
3. 経済主体別の金融資産・負債差額
つづいて、金融資産残高と負債残高の差引となる金融資産・負債残高です。
この指標が経済全体としては最も重要となります。
図3 金融資産・負債差額 ストック
(日本銀行 資金循環統計 より)
図3が資産と負債の正味の金額を示す、金融資産・負債差額です。
この名称は長いので、今後はこの正味金額を純金融資産と呼ぶことにします。
正味がプラスであれば純金融資産、マイナスであれば純金融負債と呼びます。
差し引きでどこにお金が貯まっているのか、一目瞭然ですね。
圧倒的に家計が右肩上がりで増加しています。
直近では約1,500兆円の純金融資産を持っていることになります。
近年では金融機関も少しずつプラスが増加していますね。(現在150兆円くらいです)
一方で、純金融負債は、一般政府で約700兆円、非金融法人企業も約700兆円、海外が約400兆円といったあたりです。
このグラフは色々と面白い着目点がありますね。
まず確認しておきたいのが、経済全体で見た場合誰かの負債は誰かの資産という部分ですね。
これら主体の資産・負債差額を全て合計するとほぼゼロになります。
(先ほど除外した対家計民間非営利団体の分だけ誤差が出ているようです)
このグラフを見れば、家計の純金融資産がプラスになるように、政府、非金融法人企業(一般の企業)、海外が純金融負債を増やしているという関係が見て取れます。
次に着目したいのが、1991年頃までの家計と非金融法人企業のグラフです。
まるで鏡に映したかのように、プラスとマイナスで対象のカタチになっていますね。
企業が負債を増やし、設備投資や生産活動を行って、労働者や経営者の所得として家計の金融資産として蓄積されていった関係が読み取れます。
ところが1991年のバブル崩壊以降は、企業の純金融負債が停滞し、その分政府と海外の純金融負債が増え始めます。
海外で最も多い負債が、対外直接投資で直近で約160兆円ほどです。
企業や金融機関の対外直接投資も増えています。
一般政府で最も多い負債が、中央政府の国債・財投債で約900兆円ほどです。
企業が純金融負債を増やさない代わりに、政府や海外が純金融負債を増やして、家計の純金融資産を増大させているように見えます。
対外直接投資は、企業が海外企業の株式取得や、工場などを建設し事業をするための投資ですね。
企業が負債を増やして国内で事業をする存在から、海外に資金を投じて儲かる主体に変化していっている状況を示しているのかもしれません。
その穴埋めを政府が行い、結果的に家計の金融資産が増えているような推移となっています。
家計の資産の中でも現金・預金が圧倒的に多く、約1,000兆円となります。
次が、保険・年金・定型保証で、約500兆円です。
そのうち、年金保険受給権、年金受給権を合わせると約250兆円に上ります。
4. 日本の金融資産・負債の特徴
今回は、資金循環統計の中で経済主体ごとの金融資産、負債、純金融資産をご紹介しました。
実は日本は長期的な経済停滞が続く中でも、家計の純金融資産が増え続けているという事がわかりました。
つまり私たち自身がたくさんお金を持っていて、しかも増えている事になります。
家計の金融資産がこんなにも増大しているのに、なぜ私たち労働者はお給料も増えず、貧困化が進んでいるのでしょうか。
もちろん給与所得の2極化が進み、低所得層が増大している事が1つあると思います。
一方で、給与所得のほかに、年金受給権等の社会保障の仕組みとして金融資産が蓄積している事も考えられそうです。
今回のデータから読み取れるものとしては以下のような事が言えるのではないでしょうか。
・企業が負債を増やして国内の事業投資を増やすのではなく、逆に金融・海外投資を増やす存在に変貌しつつある。
・国内労働者の給与所得(フロー)は増えないが、国民全体としては年金受給権等の金融資産(ストック)は増大している。
・政府は企業が負債を増やさない穴埋めに、国債を発行し、最終的に家計の資産を増やす事に寄与している。
色々とご意見もあると思いますが、大きくはこのような動きになっているように思います。
皆さんはどのように考えますか?
参考:金融資産・負債の詳細
私たちが「お金」として認識し、統計で金融資産や負債として集計されるのはどんなものでしょうか?
SNA(国民経済計算)では、次のようなものが定義されているようです。
参考サイト:内閣府 2008SNA に対応した我が国 国民経済計算について
表1 金融資産・負債の分類
貨幣用金・SDR Monetary gold and SDRs | 貨幣用金、特別引出権(SDR)が含まれ、貨幣用金は通貨当局が所有権を持つ外貨準備として保有する金 |
現金・預金 Currency and deposits | 現金は、中央銀行または政府によって発行または認定される紙幣や硬貨 預金には、流動性預金、定期性預金、譲渡性預金、外貨預金の他、日銀預け金、政府預金が含まれる |
貸出・借入 Loans | 金銭消費貸借契約や割賦販売契約等によって生じた金銭債権 日銀貸出金、コール・手形、民間金融機関貸出、公的金融機関貸出、非金融部門貸出金、割賦債権・債務、現先・債権貸借取引が含まれる |
債務証券 Debt securities | 発行主体に償還義務のある証券形態の金融債権 国庫短期証券、国債・財投債、地方債、政府関係機関債、金融債、事業債、居住者発行外債、コマーシャル・ペーパー、信託受益権、債権流動化関連商品が含まれる |
持分・投資信託受益証券 Equity and investment fund shares | 債券保有者が発行主体に対して残余請求権を持っているような金融資産 持分:株式会社の株式、特殊法人等に対する持分(出資金など) 投資信託受益証券:投資信託委託会社が、投資信託の購入主体に対して発行した受益証券、および投資法人の発行する投資証券 |
保険・年金・定型保証 Insurance, pension and standardized guarantees schemes | 金融機関によって仲介される所得・富の死分配の一形態である保険・年金契約等における制度の参加者の債権 非生命保険準備金、生命保険・年金保険受給権、年金受給権、年金基金の対年金責任者債権、定型保証支払引当金が含まれる |
金融派生商品・雇用者ストックオプション Financial derivatives and Employee stock options | 金融派生商品:特定の金融商品から派生し、原債権の元本部分について資金の授受行われない金融商品 フォワード系、オプション系から成る 雇用者ストックオプション:企業がその雇用者(役員を含む)に対して付与する自社株式の購入権のうち、権利が確定したがまだ行使されていないもの |
その他の金融資産・負債 Other financial assets and liabilities | 財政融資資金預託金、預け金、企業間信用・貿易信用、未収・未払金、直接投資、対外証券投資、その他対外債権・債務、その他 |
金融資産や負債の中には、私たちに馴染みのある現金・預金や、借入・貸出以外にも年金や保険、株式も含まれます。
国の借金と言われる国債は、政府の負債のうち債務証券となります。
逆に、国債を持っている人の金融資産のうち債務証券ということにもなりますね。
同様に、企業の発行する株式は、その株式を持っている人の金融資産のうち持分・投資信託受益証券となります。
一方で、その企業の負債のうち持分・投資信託受益証券となりますね。
私たちの持っている現金・預金は金融資産ですが、金融機関の負債でもあります。
このように、金融資産と負債は、誰かが金融資産として保有していれば、他の誰かがそれを負債として負っている事になり、必ず対の存在になりますね。
参考:最新データ
(2023年8月追記)
図4 金融資産・負債差額
(日本銀行 資金循環より)
図4は2022年まで延長した最新データです。
家計の純金融資産は増え続け、企業の純金融負債は停滞が続いています。
海外の純金融負債は拡大し、政府の純金融負債は横ばいに転じています。
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