243 ドル換算は為替?購買力平価? - 換算方法による違い
経済指標をドル換算する際に、為替レートと購買力平価で2通りの換算方法があります。それぞれの特徴と違いについて確認してみます。
1. ドル換算値の違いとは
前回は為替レートと購買力平価の違いについてご紹介しました。
購買力平価は、自国と相手国の実際のモノやサービスの値段から決まる通貨の換算比率です。
GDPを購買力平価(GDPベース)でドル換算するという事は、為替レートでドル換算した後に、更に物価比率(Price level ratio)で調整(逆数をかける)する事になります。
今回はこのことを、実際に1人あたりGDPのドル換算値で視覚的に確認していきたいと思います。
筆者は経済学素人ですので、学術的な意味は分かりませんが、統計データを見る際の特徴や注意点について共有できればと思います。
図1 1人あたりGDP 為替レート換算・購買力平価換算 日本
(OECD統計データ より)
図1は日本の1人あたりGDPについて、為替レート換算(青)と、購買力平価換算(赤)を比較したグラフです。
OECDで公開されているデータそのままの数値です。
背景の緑色の棒グラフが物価比率(Price level ratio)となります。
物価比率は、購買力平価を為替レートで除したものです(物価水準指数や価格水準、内外価格差とも呼ばれるようです)。
日本の場合は、為替レート換算値が1990年代からアップダウンしながらも停滞気味なのに対して、購買力平価換算値は右肩上がりでの成長が続いています。
購買力平価換算値に対して、為替レート換算値の方が上回るときは、物価比率が1よりも大きく、下回るときはその逆です。
タイミングも連動している事が確認できると思います。
つまり、購買力平価換算値は、為替レート換算値に対して、物価比率分だけ補正している関係という事ですね。
物価比率 = 購買力平価 ÷ 為替レート
為替レート換算値 = 自国通貨建ての数値 ÷ 為替レート
購買力平価換算値 = 自国通貨建ての数値 ÷ 購買力平価
上式から考えれば、次の関係が成り立つはずです。
物価比率 = 為替レート換算値 ÷ 購買力平価換算値
ちょうど為替レート換算値と購買力平価換算値の比が物価比率になっています。
具体的な数値で確認してみましょう。
表1 1人あたりGDPの換算値と物価比率の確認表
年 | 1人あたりGDP 為替換算 購買力平価換算 | 為替換算/購買力平価換算 | 為替レート 購買力平価 | 物価比率 購買力平価/為替レート |
1970年 | 2,090 3,423 | 0.61 | 360.0 219.7 | 0.61 |
1980年 | 9,648 9,174 | 1.01 | 226.7 238.5 | 1.05 |
1990年 | 25,774 20,290 | 1.27 | 144.8 183.9 | 1.27 |
1995年 | 44,210 23,866 | 1.85 | 102.2 178.8 | 1.85 |
1997年 | 35,651 25,629 | 1.39 | 121.0 168.3 | 1.39 |
2000年 | 39,173 27,290 | 1.44 | 107.8 154.7 | 1.44 |
2010年 | 44,978 35,343 | 1.27 | 87.8 111.7 | 1.27 |
2021年 | 39,341 43,002 | 0.91 | 109.8 100.4 | 0.91 |
※ 為替レートは年平均値です。(1980年だけ何故物価比率の差異が生じるのかはわかりません)
表1の通り、OECDで公表されている1人あたりGDPの購買力平価換算値と為替レート換算値の比率と、購買力平価と為替レートの比率=物価比率は一致する事が確認できます。
2. 主要先進国のドル換算値
続いて、G7など主要国のドル換算値の違いを見てみましょう。
図2 1人あたりGDP 為替レート換算・購買力平価換算 ドイツ
(OECD統計データ より)
図2がドイツのグラフです。
購買力平価換算値は右肩上がりで上昇していますが、為替レート換算値はアップダウンしつつ近年はやや停滞気味です。
近年はアメリカに対してやや物価が割安であることを示します。
購買力平価換算値に対して、為替レート換算値が沿うような推移に見受けられますね。
他の主要先進国についても見ていきましょう。
図3 1人あたり GDP 為替レート換算・購買力平価換算
イギリス、フランス、カナダ、イタリア
(OECD統計データ より)
図3がイギリス(左上)、フランス(右上)、カナダ(左下)、イタリア(右下)のグラフです。
やはり購買力平価換算値が右肩上がりで増加していて、為替レート換算値がその近傍をアップダウンしながら推移している印象です。
イタリアが近年乖離が大きいようですね。
3. 高所得国のドル換算値
次に、スイスやノルウェーなど物価の高い国のドル換算値を見てみましょう。
図4 1人あたりGDP 為替レート換算・購買力平価換算 スイス、ノルウェー
(OECD統計データ より)
図4がスイス(左)とノルウェー(右)のグラフです。
この2国はアメリカよりも物価比率が高い国です。
基本的には為替レート換算値の方が購買力平価換算値を上回って推移しています。
アメリカよりも物価比率が高い分が、購買力平価で換算することで強制的にマイナス側に補正されているような感じですね。
このように明らかにアメリカの経済水準よりも高い国からすると、購買力平価で換算することでマイナス補正されるような効果があるようです。
4. 新興国のドル換算値
それでは、アメリカよりも明らかに経済格差のある物価比率の低い国はどのようになるでしょうか?
図5 1人あたりGDP 為替レート換算・購買力平価換算 韓国
(OECD統計データ より)
図5は韓国のグラフです。
スイスやノルウェーと異なり、常に為替レート換算値が購買力平価換算値を下回るように推移しています。
物価比率は常に1.0未満です。
明らかに購買力平価換算値が、為替レート換算値に対して「下駄を履かされた状態」のように見えますね。
少なくとも数値上は、経済格差分だけ購買力平価換算はプラス補正されて計算されていると見て取れると思います。
もう少し顕著な例を見てみましょう。
OECD加盟国で極端に物価比率が低いのはメキシコとトルコです。
図6 1人あたりGDP 為替レート換算・購買力平価換算 メキシコ、トルコ
(OECD統計データ より)
図6がメキシコ(左)とトルコ(右)です。
両国とも物価比率がアメリカよりもかなり低い状態で推移しています。
為替レート換算値よりも購買力平価換算値の方がかなり大きく計算されている事もわかりますね。
メキシコは購買力平価換算値が為替レート換算値のほぼ2倍です。
トルコは、直近の2021年では購買力平価換算値が為替レート換算値の3倍に達しています。
5. ドル換算値の特徴
今回は、各国の1人あたりGDPについて為替レート換算と購買力平価換算の特徴を眺めてみました。
購買力平価による換算値は、確かに滑らかなグラフとなり見やすいです。
為替レート換算は為替レートの変化で揺らぎが大きく非常に見にくいですね。
アメリカとの経済水準が相応の国であれば、購買力平価による換算値は参考になると思います。
一方で、明らかにアメリカとの経済水準に差がある場合は、その差分まである程度補正する事になりそうです。
経済水準の高い国(常に物価比率がアメリカよりも高い)場合にはマイナス方向に補正されますし、経済水準の低い国(常に物価比率がアメリカよりも低い)場合には、プラス方向に嵩上げされます。
つまり、購買力平価で換算された数値を見る場合には為替レートの揺らぎを平準化するだけでなく、「アメリカ並みの物価に置き換えると」という但し書きのついた数値だという事に注意が必要という事ですね。
より正確に表現するならば、「アメリカ並みの物価水準に揃えた上で、数量的な規模をドルという金額で表現する」事になります。
わかりやすい表現であれば、「より生活実感に近い」換算値と言っても良いかもしれません。
着目する経済指標に対して、どのような観点で評価したいのかで換算する指数を使い分けると良いように思います。
例えば、GDPだけでなく可処分所得など、その国の中での相対的な水準が重要な場合は為替レート換算よりも、購買力平価換算による国際比較の方が相応しいかもしれません。
GDPベースの購買力平価(一般的に公表されているもの)はGDP専用の換算レートです。
この換算レートは、GDP、1人あたりGDP、労働生産性(労働者1人あたりGDP、労働時間あたりGDP)に用いるのが良さそうです。
所得面の換算用としては民間消費の購買力平価が公表されています。
現実個別消費には現実個別消費の購買力平価が存在します。
物価指数と同様に、購買力平価による換算を想定している指標が限られているようです。
どんな指標でもGDPベースの購買力平価でドル換算するのが適切ではないという事には留意する必要がありますね。
国際的な金額の比較をしたい場合は、為替レートの揺らぎも頭に入れたうえで為替レート換算する方がシンプルだと思います。
本ブログでは基本的に名目値の為替レート換算を基本としていますが、今後少しずつ購買力平価換算についてもご紹介していきたいと思います。
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