144 純金融資産って何だろう? - 主要先進国の金融資産・負債差額
家計、企業、政府、金融機関、海外の経済主体ごとの純金融資産(金融資産・負債差額)について、日本、アメリカ、イギリス、ドイツ、カナダの自国通貨ベースでの推移を可視化し国際比較してみます。
1. 純金融資産とは
前回は、政府の収支と負債・純負債について主要国と日本の状況を比べてみました。
日本は政府の収入も支出も少ない状況ですが、収入よりも支出が多く収支マイナスの状態が続く事で、負債・純負債が増大し続けています。
これまで様々な統計データを見てきた中で、日本だけ特殊な傾向を示す指標が多い事が分かってきました。
経済統計では、一般に経済主体は家計、企業、政府、金融機関、海外と区分されます。
そしてこれら経済主体間の金融資産と負債を全て足し合わせると必ずゼロとなります。
つまり、経済主体間での金融資産・負債はそれぞれの構成が変化しつつも必ずバランスしている事になります。
日本は他国同様家計の金融資産が増加していますが、企業(非金融法人企業)の負債が増えず、代わりに政府(一般政府)と海外が負債を増やしている状況ですね。
この傾向は他の先進国も同じなのでしょうか?
どの主体の金融資産が増え、どの主体の負債が増えているのかという観点は、その国の経済の形を見るという事に繋がると思います。
とても重要なポイントになると思いますので、今回からは少し詳細に各国の経済主体ごとの純金融資産(Financial net worth)のバランスを見ていきたいと思います。
OECDのデータベースでは、金融バランスシート(Financial balance sheets)にて公開されています。
純金融資産は、各経済主体の金融資産の総和から負債の総和を差し引いた正味の金額です。
日本の資金循環統計や国民経済計算に準じた表現だと、金融資産・負債差額となります。
当ブログでは、この数値がプラスだと純金融資産、マイナスだと純金融負債(または純金融資産がマイナス)などとも表現します。
資金循環統計の内容は下記記事も是非ご参照ください。
関連記事: お金は誰の手元にある?
各経済主体の純金融資産を合計すると必ずゼロになります。
基本的に家計が純金融資産を増やしていき、その反対に純金融負債を増やす主体があり、全体としてバランスするということになります。
今回から、先進国各国についての金融バランスシート(Financial balance sheet)の内容のうち純金融資産を見ていきましょう。
当然ですが、資産には金融資産もあれば、固定資産(土地や建物)もあります。
今回対象とする金融資産には、固定資産などの非金融資産が含まれませんのでご注意ください。
2. アメリカの純金融資産
まずは、アメリカの経済主体別にみた純金融資産の推移から見ていきましょう。
図1 アメリカ 純金融資産 推移
(OECD 統計データ より)
図1はアメリカのグラフです。
青が家計、赤が企業、緑が政府、ピンクが金融資産、橙が海外です。
今回はひとまず各国の通貨ベースの総額でのグラフを見ていきましょう。
純金融資産ですので、金融資産から負債を差し引いた正味の数値です。
どの経済主体が純金融資産を増やし、どの主体が純金融負債を増やしているのかが一目でわかると思います。
今回はあまり単位や数値にはこだわらずに、グラフの形を見ていきたいと思います。
アメリカは典型的ですね。
家計の純金融資産は右肩上がりで、その代わり企業が純金融負債を増やしています。
ちょうど鏡に映したように対称形状に見えます。
また、政府も相応に純金融負債を増やしていることがわかります。
金融機関は純金融資産がマイナスになっています。
その代わり海外がプラスです。
海外の純金融資産がプラスと言う事は、外国がアメリカに持っている金融資産が超過しているという事になります。
アメリカからすると、海外からの投資の方が多い事を表します。
主に企業が純金融負債を増やし、政府がそれに準じて純金融負債を増やし、家計の純金融資産が増えていくという形ですね。
これが主要国の典型的な経済の形と言えそうです。
3. カナダの純金融資産
アメリカと金融バランスの形が似ているのは、やはりイギリスとカナダです。
これら2国の純金融資産の状況も見ていきましょう。
図2 カナダ 純金融資産
(OECD 統計データ より)
図2はカナダの経済主体別の純金融資産です。
アメリカと似ていますが、やや傾向が異なりますね。
家計の純金融資産と、企業の純金融負債が増え続けている事は同様ですが、政府の純金融負債が停滞しています。
海外の純金融負債が近年増えていますので、カナダから他国への投資が増えているようです。
海外との関係がアメリカとは異なります。
4. イギリスの純金融資産
続いてイギリスの経済主体別の純金融資産です。
図3 イギリス 純金融資産
(OECD 統計データ より)
図3がイギリスのグラフです。
政府の純金融負債が一方的に増えていますが、企業の純金融負債の増加は緩やかで、近年は停滞気味ですね。
イギリスは工業が縮小している国ですので、その影響もあるのかもしれません。
また、金融機関と海外の純金融資産(負債)もアメリカと逆の関係になっているようです。
5. ドイツの純金融資産
続いて、日本と同じ工業立国であるドイツに着目してみましょう。
図4 ドイツ 純金融資産 推移
(OECD 統計データ より)
図4がドイツのグラフです。
アメリカやカナダなどとは少し状況が異なりますね。
家計の純金融資産が右肩上がりで増大はしていますが、最も純金融負債を増やしているのが、政府や企業ではなく海外です。
企業も少しずつ純金融負債を増やしていますが、停滞気味です。
政府は最近では純金融負債を減らしている状況です。
代わりに2008年頃から海外がものすごい勢いで純金融負債を増やしていますね。
恐らく、企業の対外直接投資が急激に進んでいるのではないでしょうか。
海外の現地法人などに投資して工場等を建設するのが対外直接投資ですね。
株式の保有だけして、配当金や売却益などを目的とするのは対外証券投資となります。
ドイツの場合はEU域内(特に東欧各国)への対外直接投資が多い事が推測されます。
日本と異なるのは、ドイツでは国内でも投資が行われている点と、低成長ですがしっかりと経済成長していて実質賃金も増加しており、何より労働生産性(特に時間あたり)が高いという事ですね。
EUでのポジションをうまく活用しているとも言われているようです。
6. 日本の純金融資産
最後に日本の純金融資産です。
図5 日本 純金融資産 推移
(OECD 統計データ より)
図5が日本のグラフです。
日本国内の統計データ(日銀 資金循環など)を見ていると、家計の純資産の増大ばかりが目につきましたが、他国と比較してみると家計の純資産の増加ペースも緩やかである事がわかります。
他の主要先進国はこの15年程で3倍以上の増加ですが、日本は1.6倍ほどです。
他の主要先進国と最も異なるのが、企業の純金融負債が目減りしている点です。
その代わり、政府と海外の純金融負債が増えています。
海外の純金融負債の増大は、企業の対外直接投資が増えている事も大きな要因ですね。
日本企業からすると、対外直接投資という金融資産になります。
企業が、事業投資により負債と固定資産を増やす主体から、金融・海外投資により金融資産を増やす主体に変化したことがここにも表れているようです。
金融機関の純金融資産が増えているのは、以前資金循環で見た通り、日銀当座預金が増えている分ですね。
やはり、企業が負債を減らしているという部分においては、日本だけ状況が異なるようです。
その分、政府が負債を増やし、国民1人あたり〇〇万円の借金と言われるような状態になっているわけですね。
7. 純金融資産の特徴
今回は、アメリカ、イギリス、カナダ、ドイツと日本の経済の形とも言える経済主体ごとの純金融資産について比較してみました。
どの国も家計が純金融資産を増やしています。
経済主体ごとの純金融資産・負債を合計するとゼロになりますので、その分純金融負債を増やす主体が必要になります。
アメリカやカナダは家計の金融資産と企業の純金融負債が対照的に増えているのが特徴的です。
ドイツやイギリスも少しずつ企業が純金融負債を増やしています。
程度の差はありますが、基本的には企業は純金融負債を増やす主体のようです。
日本は政府の負債が増えるという部分よりも、企業の負債が減っているという部分の方が特殊と考えられます。
とても重要な観点だと思いますので、次回は他の国についても経済の形を見ていきたいと思います。
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