143 政府の負債はなぜ増える? - 収支と負債の国際比較

主要先進国の政府の収支や負債、純負債について人口1人あたりや対GDP比の推移を可視化して国際比較してみます。

1. 1人あたりの政府収支の推移

前回は、政府収入支出について主要先進国との比較をしてみました。
実は日本は、政府の収入も支出も、主要先進国国の中では少ないという事がわかりました。

今回は、政府収支負債についてご紹介します。

政府 収支 1人あたり

図1 政府収支 1人あたり 推移
(IMF World Economic Outlook Database より)

図1が主要国の1人あたり政府収支(General Government Net Lending/Borrowings)の推移です。
一般的には純貸出/純借入資金過不足と呼ばれるものですが、ここではイメージしやすく収支と訳しました。

純貸出/純借入は、税収などの収入の合計から、政府最終消費支出と投資である総資本形成を差し引いた数値です。
これがマイナスになると、資金を調達したことになるので負債がその分増えますし、プラスだと負債が減る事になります。

日本は1992年頃までは他の主要国よりも、収支がプラス寄りに推移していました。
1998年~2004年頃に、他の主要国よりもマイナス幅の大きい期間があったようです。

実はこの期間の挙動が日本の経済にとって非常に重要なポイントとなります。
この期間だけ、日本の政府の収支が他国より極端にマイナスで、他の期間でみればそれほど大きく変わりません。

1998年~2004年は企業の負債が大きく減少した時期です。
バブル・バブル崩壊により企業で大きく蓄積した負債が、政府に付け変わったような推移となります。

リーマンショック後の動きは、アメリカやイギリスと同じ様な動きですね。
アメリカはその後も収支マイナスの幅が大きくなっています。

2. 1人あたりの政府負債の推移

日本は政府収支がマイナスの状態が継続していることがわかりました。
マイナスの分は基本的に国債(政府の負債)などにより賄われるので、政府負債の累積額が増大することになりますね。

政府負債、純負債についても順に見ていきましょう。

政府 負債 1人あたり

図2 政府負債 1人あたり 推移
(IMF World Economic Outlook Database より)

図2が人口1人あたり政府負債(General Government Gross Debt)の推移です。

日本が断トツの状態が続いていますね。

1990年頃から2007年頃まで、他の主要先進国が横ばい→増加傾向だった時期に、日本ばかり増大が続いていたことがわかります。
ちょうど、収支が日本だけマイナス幅が大きかった時期が含まれます。

直近では、以下の数字となります。

政府負債 1人あたり 2019年
単位:ドル
95,791 日本
70,917 アメリカ
44,694 イタリア
42,354 イギリス
41,104 フランス
41,003 カナダ
27,660 ドイツ

日本は1人あたりでイタリアやイギリスの2倍以上の政府の負債がある事になります。
「日本人1人あたり1000万円の借金」と言われるのはこの数字ですね。

政府の負債が人口1人あたりにすると1000万円という事になります。
この負債の多くは、借入ではなく、債務証券(国債)です。

借金は一般的には借入の事を意味すると思いますが、借入と債務証券は負債の一種ですが異なる項目です。
ちなみに、企業の発行する株式や社債(債務証券)も負債となりますね。

国民経済計算によれば、このような金融資産や負債の項目は、次のような種類があるそうです。

表1 金融取引項目

3. 対GDP比の政府負債の推移

続いて、対GDP比で見た政府負債の推移を見てみましょう。

政府 負債 対GDP比

図3 政府負債 対GDP比 推移
(IMF World Economic Outlook Database より)

図3は政府負債対GDP比を表したグラフです。

1998~2004年は、他の国が停滞気味なのに対して、日本だけ大きく増大しています。

日本は直近では対GDP比で200%を超えています。
これも「GDPの2倍以上の借金」として騒がれている数字ですね。

直近の数字は次の通りです。

政府負債 対GDP比 2019年
単位:%
238 日本
135 イタリア
109 アメリカ
85 イギリス
98 フランス
60 ドイツ
35 スウェーデン

日本は突出して政府負債が大きい事は事実のようです。

4. 1人あたりの政府純負債の推移

日本だけでなく、各国とも負債だけではなく金融資産も持っています。
本来、金融資産と負債の差額である純負債(純金融負債)を見るのが適当だと思います。

政府 純負債 1人あたり

図4 政府純負債 1人あたり 推移
(IMF World Economic Outlook Database より)

図4が1人あたり政府純負債(General Government Net Debt)の推移です。

日本の純負債の水準は大分目減りしたように見えますね。
アメリカだけでなく、日本と比べて人口の少ないイタリアやフランスの存在感が大きくなっています。

また、純負債では日本の水準は1997年までは他国とそれほど変わりません。
他の主要国(イタリア以外)と大きく差が開くのは1998年~2004年にかけてですね。

ちょうど図1で日本ばかり政府収支のマイナス幅が大きかった時期です。

2019年の数値は下記の通りです。

政府純負債 1人あたり 2019年
単位:ドル
62,346 日本
54,845 アメリカ
40,794 イタリア
37,449 フランス
31,935 イギリス
19,121 ドイツ
11,966 カナダ
1,654 スウェーデン

スウェーデンはほぼゼロですが、カナダも非常に小さな数値ですね。
緊縮と言われるドイツも純負債の水準は小さいようです。

日本はやはり最も大きな数値ですが、他国との差は随分と縮まっているようです。

ストックである金融資産と負債、フローである純貸出/純借入は経済主体間でバランスします。

政府が純負債を増やしたこの1998~2004年の期間に何があったかと言えば、企業の純負債が大きく減った時期です。
この分だけ日本の政府の純負債が、他国よりも嵩増しされている事は重要なポイントではないでしょうか。

資金過不足 1人あたり 日本

図5 資金過不足 1人あたり 日本

図5を見ると1998~2004年の期間で、企業がマイナスからプラスに変化していて、家計のプラス額が1990年代の水準と比べて目減りしている関係がわかります。

企業が黒字主体化し、その分政府が大きく負債を膨らませたという関係です。

5. 対GDP比の政府純負債の推移

続いて、政府純負債の対GDP比の推移を見てみましょう。

政府 純負債 対GDP比

図6 政府純負債 対GDP比 推移
(IMF World Economic Outlook Database より)

図5が政府純負債対GDP比のグラフです。

やはり日本は1990年代後半から200年代中頃にかけて大きく純負債を増大させている事がわかりますね。
特に1998年~2004年にかけての増加傾向が他国よりも抜きんでている事がわかります。

直近の数値は下記の通りです。

政府純負債 対GDP比 2019年
単位:%
155 日本
123 イタリア
89 フランス
84 アメリカ
75 イギリス
41 ドイツ
26 カナダ
0 スウェーデン

6. 政府の収支・負債・純負債の特徴

この数回で政府の収入や支出、負債について取り上げてきました。
TVやSNSなどでも経済学者や評論家によって、日本政府の財政状況を放漫財政と見たり、緊縮財政と見たりと見解が大きく異なります。

統計データを見てわかる事は、次の点ではないでしょうか。
① 日本政府の収入支出の水準は比較的少ない
② 日本政府の支出収入GDPと連動して停滞している
③ 日本政府の収入よりも支出の方が上回っているため負債・純負債増大している
④ 家計、企業、政府、金融機関、海外の経済主体間で金融資産・負債は合計すると必ずゼロである
⑤ 1998~2004年に企業の負債が減り、政府の負債が増えている これは日本特有の出来事(バブル・バブル崩壊関連)

経済主体は、家計、企業、政府、金融機関、海外に分けられます。
金融資産については、誰かの純負債は誰かの純資産となっています。
一方で、純負債を負う主体は、その代わりに主に固定資産や他者の便益を生み出しているはずです。

政府で言えば支出を増やして負債を負う代わりに、公共サービスを提供し、公務員(労働者、家計)に給与が支払われ、道路や橋などのインフラを生み出していますね。
政府の負債が語られる場合に、まずこの観点が抜け落ちているケースが多いように見えます。
特に、今回の金融資産や負債、純負債は金融面のみであり、固定資産を含みません。

また、政府が純負債を増やす裏では、家計の純金融資産が増えています。

金融資産・負債差額 日本

図7 日本 各経済主体 金融資産・負債差額 ストック
(日本銀行 資金循環 より)

図7は日本の経済主体ごとの純金融資産(負債)のグラフです。

各年で全て足すとゼロになります。
今回ご紹介したのは、あくまでも政府(緑色)の部分ですね。
政府や企業(赤)、海外(黄)が純金融負債を増やす事で、家計(青)の純金融資産が増えている、という関係がわかると思います。

そしてこのグラフで最も特殊な動きをしているのは、誰でしょうか?

政府が負債を増やし続けている事が問題視されがちですが、特殊な挙動をしているのは企業ですね。
GDPの議論などもそうですが、国内統計で特定のデータばかりを見ていると、国際的に見れば明らかに特殊な部分に気付けない事が多いように思います。

このグラフをみると明らかに企業純金融負債が横ばいです。
本来資本主義経済においては、主に企業が負債を増やして事業を拡大する事で、経済が成長するというモデルのはずです。
ここで言う負債には、大きく借入金株式が含まれます。
借入金だけでない事には注意が必要ですね。

次回以降で取り上げていきますが、基本的には他国は企業が負債を増やしています。
日本の場合は、その企業の負債が増えないため、代わりに政府と海外が負債を増やしている状況です。

企業は停滞している国内で投資してもリターンが得られないから、負債を増やさず事業への投資も増やさないという合理的な判断をしているのかもしれません。
そして、日本の企業は空前の当期純利益に達していますが労働者への分配は増えていません、さらには金融・海外投資をして資産を増やす主体に変化しています。
直接的にほとんどの労働者に給与を支払うのは、政府ではなく企業です。
その企業が変質しているという事を、しっかりと認識すべきと思います。

皆さんはどのように考えますか?

次回からは、各国の経済主体毎の純金融資産についてご紹介していきます。

参考: IMFとOECDのデータの違い

(2023年12月加筆)

IMFのデータでは日本の政府の負債が極端に大きな水準です。
同じようなデータはOECDでも公開されていますが、その水準がやや異なるのでここでご紹介いたします。

政府 純金融資産 1人あたり

図7 政府 純金融資産 1人あたり
(OECD統計データより)

図7は、OECDで公開されている政府純金融資産(金融資産・負債差額)について、人口1人あたりのドル換算値です。

図4と対応するグラフですが、純金融資産としているのでプラスマイナスが逆となっている点にはご注意ください。

日本(青)は確かに大きな水準ですが、図4と比較すると少し抑えめです。
さらに、図4ではやや純負債がプラス気味だった韓国やスウェーデンも、図7では純金融資産がプラスとなっています。
国によってやや傾向が異なるようです。

OECDの統計データでは日本はアメリカ既にアメリカよりも大分負債の水準が低く、イタリアと同程度である事は認識しておいても良いかもしれません。

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