116 実質と名目の違いとは? - GDPの実質化の意味
経済データを見る際には「実質」が重要とされます。混同しがちな名目値と実質値の意味を確認し、統計データで可視化してみます。
目 次
1. 名目値・実質値とは
前回までは、企業規模ごとの給与や格差について取り上げました。
日本では、特に男性労働者の低所得化が進んでいます。
中小企業だけではなく、大企業でも給与が下がり格差が開いているようです。
日本は失われた30年と言われるように、長期間経済が停滞していると言われます。
確かに、GDP(名目値)を見ると、1990年代から横ばい傾向が続いていますね。
しかし、インターネットの議論などを見ても「実質GDPがプラスなのだから経済は成長しているではないか」などといった意見もあるようです。
日本の経済は、成長しているのでしょうか、停滞しているのでしょうか。
今回は、実質値と名目値について改めて考えてみたいと思います。
GDPは、国内で1年間に生産された財やサービスの付加価値の合計ですね。
つまり、国民が生み出した仕事の価値を合計したもので、経済指標で最も重要な数値の一つだと思います。
また、産出額の合計であるだけでなく、消費や投資などの支出の合計でもあり、賃金や営業余剰などの所得(分配)の合計でもあります。
内閣府(国民経済計算 よくある質問)によれば、名目値と実質値の違いは以下のようです。
名目値:
実際に市場で取り引きされている価格に基づいて推計された値
実質値:
ある年(参照年)からの物価の上昇・下落分を取り除いた値。
名目値では、インフレ・デフレによる物価変動の影響を受けるため、経済成長率を見るときは、これらの要因を取り除いた実質値で見ることが多い。
そして、GDPの名目値から実質値を算出する際に使用されるのが、GDPデフレータですね。
実質化の意味とデフレーター
「一般に財貨・サービスの価額(金額)の変化は、その財貨・サービスの数量の変化 と価格の変化の組み合わせによって生じる。
実質化とは、時価で表示した価額(名目値) の動きから価格変動の影響を取り除くことであり、実質化された価額を実質値という。
また、価格水準を表す指数をデフレーターという。
国民経済計算においては、基準時点 の価格で比較時点の数量を評価した価額をもって実質値とし、「名目値=実質値×デフ レーター」という関係を満たすように実質値及びデフレーターを作成する。」
(引用: 国民経済計算の作成方法)
名目と実質と聞くと、名目は「仮の」とか「代わりの」といった印象を持ちませんか?
私は最初そのようなイメージを持ち、あまり重要な指標ではないのかと思っていました。
しかし、名目値は観測される生の数値そのもので、基準となるべき数値となります。
海外の統計データではCurrent pricesと表現されます。
実質と聞くと、「本当の」とか「実態の」という印象を持つと思いますが、むしろ物価の変化(GDPデフレータ)によって作り出された数値になるわけです。
実質で表現されるのは、価格に影響されない数量的な数値を金額として推定したものになります。
「基準年の物価に合わせれば〇〇円に相当する」という意味になります。
OECDのデータでは実質値をConstant pricesと表記されています。
2. 日本の実質GDP
それでは、具体的に日本のGDPの推移グラフを見てみましょう。
図1 実質GDP 日本
(OECCD 統計データ より)
図1がOECDの統計データで公開されている、日本の実質GDPのグラフです。
リーマンショックで落ち込みがありますが、傾向的には右肩上がりで順調に経済成長しているように見えますね。
実質GDPは、名目GDPの数値を、ある基準年からの物価の変動分を表す指数GDPデフレータで割った数値です。
このグラフは2010年を基準の年とした実質値という事になります。
基準年の2010年で実質値は名目値と同じ数値となります。
この基準年は、統計が更新されるとより最近の年に更新されます。
例えば2018年のデータでは2010年が基準年ですが、2023年のデータでは2015年が基準年となるといった変更が行われます。
つまり、統計上、実質値は名目値の影響を受けるという事です。
実質値は基準年からの物価の変動分をキャンセルして、数量的な経済成長を表現した数値という意味です。
これを見ると、誰もが日本は順調に経済成長しているように思うのではないでしょうか。
実質GDPが上がっているのだから日本経済は成長して豊かになっている、という意見もこのグラフから見れば正しいようです。
3. 日本の名目GDP
次に、名目GDPについても見てみましょう。
図2 名目GDP 日本
(OECCD 統計データ より)
図2が名目GDPのグラフです。
図1の実質GDPのグラフと随分と異なりますね。
1991年のバブル崩壊までは順調に成長していますが、その後は成長が鈍化し、1997年をピークにして停滞しているように見えます。
2011年ごろからまた上昇傾向になっていますが、2016年になって初めて1997年のピークを上回るという程度ですね。
順調に成長しているように見える実質GDPと比べると、名目GDPは明らかに変調し停滞しているように見えます。
図3 名目GDP 日本 直近
(OECCD 統計データ より)
ついでに、名目GDPのグラフを図3のように表現する事も出来ます。
2009年からのグラフですね。
短期で見るとこのように順調に成長しているように見えます。
リーマンショックで大きく低下した2009年からのグラフなので、右肩上がりに成長しています。
ただし、長期で見れば直近でやっと1997年のピーク値を超えた程度なわけです。
統計データは恣意的に表示範囲を変える事で、成長しているようにも、停滞しているようにも見せられるという好例ではないでしょうか。
4. 日本のGDPの名目値と実質値
図1の実質値と図2の名目値のグラフを重ね合わせてみましょう。
図4 GDP 実質値・名目値 比較 日本
(OECD 統計データ より)
図4が実質値と名目値のGDPを重ね合わせたグラフです。
実質値は基準となる2010年の物価を1.0としていますので、2010年で実質値と名目値は一致します。
グラフでも2010年で両者が一致している事で確認できますね。
2010年以降は名目値も実質値もどちらが上なのかよくわからない状態ですが、1983年~2009年までは実質GDPよりも名目GDPの方が上に来ています。
実は順調に経済成長しているように見える実質GDPよりも、停滞しているように見える名目GDPの方が、先に数値が大きくなっていたわけです。
これが、実質GDPが成長しているように見えるミソの部分ですね。
例えば1997年には名目GDPが540兆円でした。
名目値は統計データで収集された生の数値そのものです。
それに対して実質値は460兆円ほどです。
2010年を基準にすると、1997年で本来は540兆円(名目値)だったにもかかわらず、実質値は460兆円としてグラフ上は描かれます。
つまり、日本のデータの場合実質値で見ると、過去のデータ程実際の金額(名目値)よりも小さく表現され、全体でみると右肩上がりに成長しているように見えるわけです。
何故かと言うと、この期間は物価が低下して停滞していたわけですから、年が経過するほど物価が下がる=GDPデフレータが1より小さくなるわけです。
逆に、基準年より過去に遡るほどGDPデフレータが1よりも大きくなるわけです。
つまり、過去の方が物価が高いということですね。
基準年より過去では、その時々の数値(名目値)を1よりも大きい数値で割るわけですから、実質値は名目値よりも小さく計算されることになります。
そうすると図2のようなグラフになります。
実際のグラフの意味を考えたときに、このグラフが「間違ったグラフ」という事ではありませんね。
物や仕事の値段が下がっているので、同じお金を稼ぐとしても、時が経過して物価低下が進むほど、そのお金を稼ぐための生産量を増やす事になります。
つまり、基準年の価格水準を固定して考えたときに、過去に遡るほど名目値よりも減少していくグラフになるという事です。
日本は経済停滞と物価停滞が並行して続き、実質値で見ると右肩上がりのグラフになっているという事になります。
別な表現をすると、昔よりたくさん生産して消費しているけど、稼ぎ(付加価値)が変わらない状態とも言えそうです。
数量的には増えているけど、金額的には停滞が続いてきたという事ですね。
5. アメリカ・ドイツのGDPの名目値と実質値
それでは、他の国は名目GDPと実質GDPはどのようになっているのでしょうか。
図5 GDP 実質値・名目値比較 アメリカ
(OECD 統計データ より)
図6 GDP 実質値・名目値比較 ドイツ
(OECD 統計データ より)
図5がアメリカ、図6がドイツのグラフになります。
図4と是非見比べてみて下さい。
基準年の2010年より前の状態が、まるっきり逆転しているのがわかると思います。
つまり、日本は名目値(青)の方が上で、実質値(赤)の方が下です。
アメリカもドイツも、実質値の方が上で、名目値の方が下です。
そして、基準年の2010年を境に、逆転します。
見方を変えてグラフの傾きで見ると、名目値よりも実質値の方が傾きが小さいですね。
これが、軽いインフレの国(ほとんどの国)のグラフです。
ちなみに、イタリアは少し怪しいですが、イギリスも、フランスも、カナダも他の主要国は皆、このようなグラフになります。
異なるのが日本だけという事になります。
つまり、名目値に対して、物価上昇分だけ実質値の方が目減りして評価されるというのが通常の経済成長している国のグラフと言う事ですね。
これが一般的な成長の傾向と言えそうです。
6. GDPデフレータの国際比較
それでは、名目値を実質値へと変換するための、GDPデフレータを見てみましょう。
図7 GDPデフレータ 2010年基準
(OECD 統計データ より)
図7が2010年基準のGDPデフレータのグラフです。
2010年に1.0となります。
このグラフをみても明らかなように、日本は2010年までは右肩下がりでその後横ばいといった感じですね。
他の主要国は右肩上がりです。
2010年基準だとちょっとわかりにくいので、更に基準年を変えて表現していましょう。
図8 GDPデフレータ 1991年基準
(OECD 統計データ より)
図8が基準を1991年にした時のGDPデフレータの推移です。
この方が関係がより分かりやすいですね。
GDPデフレータはインフレかデフレを表す指標です。
継続的にプラスであれば物価が上昇傾向なのでインフレ、マイナスであればデフレですね。
日本以外の国は概ね年率2%前後のインフレです。
日本だけが1997年あたりから下がっていますので、ずっと物価の低迷が続いている事になります。
2014年ころからやや上昇傾向になっいます。
1998年から2013年までは明らかなデフレだったようです。
7. GDPの成長度合い
それでは、各国のGDPの成長度合いについて、ある基準年からの倍率として見てみましょう。
図9 GDP 実質値
(OECD 統計データ より)
図9が1979年を1.0とした場合の、GDP実質値の倍率です。
韓国がものすごい事になっていますが、それ以外の国は日本も含めて概ね同じような傾向の右肩上がりのグラフに見えますね。
直近でも、日本はアメリカやイギリスよりも成長率が小さいですが、ドイツやフランスよりも大きいという水準です。
日本はそれなりに「世界の中でも成長している」ように見えます。
(ただし、よく見れば、1997年頃までは日本が成長率では先行していて、それ以降は他国に追い抜かれている状況だという事はわかります)
図10 GDP 名目値
(OECD 統計データ より)
図10が1979年を基準(1.0)としたときのGDP名目値の倍率です。
日本は、やはり1997年頃まではドイツと同程度ですが、その後は停滞している事がわかりますね。
1997年以降は横ばいです。
他の国は低成長のドイツでさえ右肩上がりを続けています。
名目値とは金額的な経済規模です。
少なくとも日本は、金額的な経済規模が拡大していないという事になります。
8. 名目値・実質値の意味
今回はGDPの名目値と実質値についてフォーカスしてみました。
素人ながら経済統計と向き合ってきて思う事は、「まず名目値を見る事」だと思います。
名目値が上がっているのか下がっているのかを確認する、というのが第一ステップなのではないかと思います。
実質値は、名目値の成長が物価上昇によってどれだけ目減りするかといった観点で見るの良いように思います。
現在の日本は、名目値が成長していないにもかかわらず、物価下落によって実質値が嵩上げされている状況ですね。
しかも、日本の場合は実質GDPは成長しているのに、実質の平均給与は停滞が続いています。
実質値で見ても、労働者は豊かになれていないわけです。
当然ですが、GDPの生産面で見れば、実質値が成長しているのはたくさんのモノを作ったり、高性能化している事を意味します。
一方で、名目値で成長していないので、金額的な尺度で言えば付加価値を稼げていないという事になります。
支出面で言えば、まず政府最終消費支出は成長しています。
家計最終消費支出の実質値も成長してはいますが、電気、通信、医療などの生活必需品の支出は増えている一方、外食、レジャーなどの生活を豊かにする支出はむしろ減少している実態もあるようです。
名目で停滞し、実質で成長しているのはやはり歪な経済状況と言えますね。
名目でも実質でも成長するという一般的な国の経済とは異なります。
もちろん実質成長率で各国の実質的な成長具合を比較する事はとても重要なことと思います。
ただし、実質成長率は基準年の水準に大きく左右されます。
基準年で50だった国Aが10年後に100であれば2倍の実質成長率ですが、100だった国Bが160になっても1.6倍です。
基準年ではAとBの比率は2倍で、10年後は1.6倍となり縮まってはいます。
一方で、基準年のAとBの差額は50ですが、10年後は60で開いています。
さらに、10年後以降にこれらの国がどのように推移するかはわかりません。
一方、実質値の実数で他国と比較してもあまり意味がありません。
実質値に換算する際の基準年での各国の経済水準が異なりますし、実質化の基準年の数値はすなわち名目値です。
実数で国際比較するのであれば、名目値のドル換算値で比較するのが自然と思います。
例えば1人あたりGDPを名目値のドル換算値で比較すると下図のようになりますね。
図11 1人あたりGDP 名目値
(OECD統計データ より)
日本経済の国際的な水準を絶対値で見るのであれば、上図のような名目値をドル換算した数値での比較となります。
為替レートで換算するか、購買力平価で換算するかの好みや見方の違いはあると思いますが、時系列で各年での水準を比較しようとすれば必然的に名目値となります。
購買力平価でドル換算した国際比較は、名目値でありながら、実質的=数量的な経済規模を比較する事になります。
数量的な実質値を重視するのであれば、名目の購買力平価換算値がよりフィットしそうです。
また、実質化に用いる物価指数も、推定によりつくられている指数です。
機能・性能の変化を十分に反映できているかなど、指数の妥当性については現在も議論が続いている分野のようです。
特にGDPの分配面については、生産面や支出面のように項目ごとに1対1で対応するデフレータがありません。
統計によっては消費者物価指数や、民間最終消費支出デフレータと異なる物価指数を対応させて実質化しているようです。
「経済指標は必ず実質で見るもの」というのが当然のように語られがちですが、名目と実質の意味を踏まえ、成長率で見るのか、実数で見るのか、金額的な数値を見たいのか、数量的な数値を見たいのか、明確に意識してグラフを眺める必要があると思います。
皆さんはどのように考えますか?
参考:名目GDPの購買力平価換算値
(2023年12月追記)
経済指標は実質で見るものと言われますが、現在推奨されている見方は、名目の購買力平価換算値という話もよく聞きます。
OECD、IMF、ILOなど多くの国際機関で公表されている数値は、多くが購買力平価換算値となっています。
購買力平価は、実際の各国のモノやサービスの価格から計算された通貨の換算レートです。
この購買力平価で、各国通貨ベースの指標をドル換算すると、アメリカ並みの物価水準に揃えた上で、数量的(=実質的)な経済規模の比較をすることになると言われています。
図12 1人あたりGDP 名目 購買力平価換算
(OECD統計データより)
図12がOECDで公開されている1人あたりGDPの名目 購買力平価換算の推移です。
是非図11と比べて見てほしいのですが、日本は為替レート換算と異なり右肩上がりのグラフとなります。
1990年代の高い水準が均されてやや高めながらも他国並みとなっています。
これは、数量的な規模で言えば、当時日本の水準はそれほど突出していたわけではないという事になります。
一方で、2012年あたりから日本の傾きはかなり緩くなっていき、イタリアや韓国に抜かれ、他の主要先進国との差が大きく広がっているようです。
このような購買力平価による、「実質的」な比較も経済指標を見るときには参考になるかもしれませんね。
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